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よろしくお願い致します!
わたしがフューリーにも女であることを告白しようとしたら、マグドルに止められた。
「今は話さないほうがいい。立場が危ういとはいえフューリーディア様は王女なのですから。全てが終わるまでは弱みは見せないほうがいい」
「でもマグドルは知っててフューリーは知らないっていうのも」
「俺達の秘密にするのは嫌ってことか、嫌なら仕方ないが。……俺はお前のことが心配なだけだ」
わたしのことを考えてくれているのだと思うとうれしくなった。
騎士が何人かかってきても勝てる自信はあったけれど、わたしを守ろうとしてくれたマグドルの言う通りにしたほうがいいと思った。
フューリーには内緒で逢瀬を重ね、心が苦しい時には抱きしめてもらっていた。
つらくてもかなしくても彼がいるなら頑張れる。わたしは本気で思っていたのだ。
わたしはどれだけ傷ついても好きな人達を守れるならそれでよかった。つけられた傷が深く治りが悪くても、その傷を愛おしそうにマグドルが触れてくれるだけで痛みを忘れられた。
そうしているうちに旅は着実に終わりに近づいて、わたし達は魔王の住まう城に辿り着いた。
城の中は今までの激戦が嘘のようにシンとしていた。
どこかで見たことがある気がするのは、城の内部の作りが同じだからだろう。
必要な機能を考えれば似た物になるのは納得できた。
作りがわかれば向かうべき場所は一つ。玉座の間だ。
真っ赤に塗られた大きな扉はわたし達が近づくときしみながら開いていく。
何が飛び出してくるかと身構えるも扉の向こう側からは静寂が伝わってくるのみだった。敵意や魔物特有の気配などもまったく感じられない。
ならばきっと大丈夫。
わたしは自分の勘を信じて中へと一歩足を踏み入れた。
罠があるなら今作動するだろう。
部屋の中に入っても特に変わりがなかった。感じる空気も同じ、いやそれどころかどこか清らかさすら感じる。
本当に魔王の城なのだろうか。
わたしが疑問を持った時、後ろからマグドルとヒューリーディアが入ってきた。分断されることもなかったようだ。
今まで攻略してきた地点、元は人間が住む町や塔だったと思われる、では同時に部屋に入らないと別の場所に飛ばされるという罠が数多くあった。最初は驚いたが余りに繰り返すものだから、わたし一人で先に入ってさっさと敵を屠って合流するスタイルが確立された。
わたし一人なら不意を突かれても対処できるが、二人の安全を確保するとなると一気に難易度が上がってしまう。
マグドルはヒューリーに比べれば配慮しなくていいと思っていたが、魔物の強さが上がっていき途中からまともに戦えるのがわたし一人になってしまった。
怪我もさせたくないから寂しくなるのは承知の上で先に二人戻っていてもいいと伝えた。孤独かもしれないが本来の形に戻るだけだと思ったのに、二人はわたしを一人で行かせるのは嫌だとついて来てくれたのだ。
死の危険がすぐそこにあるのに共に行くことを選んでくれた仲間のことをわたしは最後まで守り通したいと思った。
だから別の場所に飛ばされることがなかったことに安堵し、同時に守らなくてはと焦った。魔王との戦いの前に一瞬でも気を削がれることがあるとは思わなかった。
やらなくては。
気合いを入れ直しそう。
玉座の人影を確認して思わず目を瞬いた。
綺麗。
とても綺麗な女性だった。
わたしはゆっくりとその人に近づいていく。
「魔王……」
畏れを含んだ声を出したのはマグドルだった。
「なんて醜い姿なのかしら」
思わず顔を背けたのはヒューリーディア。
わたしは首を傾げる。どこが醜いというのだろう。
長い髪は床についてなお広がるほど長い。白い肌に黒い髪。真っ赤な唇は扇情的といえるくらいだ。ヒューリーディアの繊細な美とは違う、肉質感を伴った美しい女。
麗しい美女だ。
「この、魔王め……」
「マグドル、気をつけて。強力な呪場の気配がするわ。安易に近づいたら何が起こるか」
「しかし、やっとここまで来たのですぞ……!アレを倒さなくては私達に安寧は訪れない」
後ろから聞こえてくるのは別の話かと思えた。
こんなに清浄な空気を纏った綺麗な人が魔王なのか?
近づくほどに体が軽くなるのは彼女から放たれる気が周囲を浄化しているからに違いないのに。
「ふむ。そなたには妾の姿が見えておるようだな」
「え?」
「他の二人は駄目だ。この声も単なる叫び声に聞こえているだろう。そなた、妾の声が聞こえているならはよ近う寄れ。伝えるべきことがある」
これ以上近づいていいのだろうか。
体の調子は勇者と呼ばれるようになってからで一番、いや幼い頃以来の体の軽さで。
今ならなんでもできるような気すらするというのに、今ある距離を詰めてしまったら人間やめることになるのではないだろうか。
「何をぼうっとしておるのだ。剣を構えなさい。他の者には妾の声は聞こえておらぬと言ったではないか。化け物を前にして剣をとらぬ者はこちら側だと誤解されよう」
わたしは魔王の言うままに彼女に剣を向けた。
後ろから仲間二人の声援が飛んでくる。どうやらわたしに任せるつもりらしい。魔王の言葉を聞くためには好都合だった。
「よいか。妾は魔王となったわけではない。魔王は別にいる。呪いをかけられた妾を人の子が倒すことが真の魔王の望みなのだ。妾の火を消すことのできるただ一人の子。勇者よ。我らが愛し子よ。覚えておきなさい。見えるものが全てではないと」
「魔王ではない?愛し子?一体何を言っている?」
「可哀想な子。全てを話す時間はない。妾の願いを受け入れてほしい」
彼女は広げた両手をわたしに向け言い放つ。
「切りなさい。妾を」
「……できません。する理由がないでしょう」
「やりなさい。優しい子。勇者とはいえ未だ未熟なあなたでは妾を消滅させることなどできはしない。勇者よ、いえ。勇者の娘よ」
「わたしは……マーシャです」
「ほう。マーシャ。妾の末の娘よ。よくやった。名乗ることこそ解き明かす鍵。娘であるそなたが妾の元に辿りついた。そのことに意味がある。男子の勇者は妾を魅了する。しかし娘は逆に妾を解放する。だからこそ必ず勇者は男子であったのだ。ふふふ、名ばかりの勇者のつとめなぞ望む者に渡してしまえばいい。そなたは自由だ。妾も自由を得るように」
「娘?わたしはあなたの娘だと言うの?」
「わたしの可愛い娘よ。そなたが無事に生き残り、わたしの元に辿りついてくれてよかった。わたしを削り取るのは息子達。わたしを膨らませるのは娘達」
教えてほしいことが増えていく。
「あなたが魔王でないのなら、一体なんだと言うのですか。わたしを娘と呼ぶのなら、あなたはわたしの母だとでも言うのですか」
「問いの全てを答えてもらえると思うなら、そなたは幸せな日々を送ってきたのだろうな」
「え?」
「問えばいつでも答えてくれる相手がいたのなら、それは幸せと呼べるのではないか?」
彼女の言う通りかもしれない。父や母。それから弟。勇者となってからはホルンにマグドル。確かに誰かがわたしの疑問に答えをくれた。いつだってわたしのそばには誰かがいた。
「レオ。もう一度あの人に逢うことができるなど、信じた妾が馬鹿だったのだ。人の子の一生は瞬き一つほどしかない。逢えたことに喜べばよかった。同じ時を歩む人の子を羨むなど、妾の目も曇っていたものだ」
「目を覚まさせてくれたお礼をしよう。マーシャよ。そなたの姿はこれより先、心の綺麗な者にしか見ることは叶わない。もしも再び皆の前に姿を現す時には魔王を倒すべき後継者ではなく、妾の真なる後継者としてとなるだろう」
「これ以上は場が持ちそうもない。さあ妾に一太刀浴びせるのです」
ずっと一緒に旅をしてきた仲間よりもたった一度言葉を交わしただけの魔王の言葉を信じるなんて。
すぐにわたしの愚かさを思い知る。
わたしの姿が見えなくなってから、マグドルとヒューリーの間に流れる空気が変わった。親しい者同士にしか出せない甘やかな空気だ。
「わたしはここにいるよ」
話しかけても仲間達には見ることができない。どれだけ待ってもわたしは見えないままだ。二人はまるでこれから新婚生活を始めるかのように寄り添い歩いていた。
マグドルの横に立つのはわたしだったはずなのに。
そうなるようにするとマグドルはあの日、ベットの中で誓ってくれたのに。
誓う相手はわたし一人ではなかったらしい。
あきらめきれなくて二人の後ろを距離を開けてついていく。
道行く人の誰の目にもわたしの姿は映らない。
まるでどこにも存在していないかのようだった。
「セレナ。もう勇者はいないんだよ。持っていても彼は帰ってこない」
マグドルの言葉にまた傷つく自分がいる。彼は彼だけはわたしが女の身であると知っていたのに。その事実を勇者が相打ちになり魔王と共に消えてしまったことで忘れ去ると決めたようだった。
「フウウ」
マグドルの言葉を無視してセレナはゆっくりと歩を進めるとわたしの顔に頬ずりした。
「セレナ。セレナにはわたしが見えているの」
何を言っているの?と言いたげに純粋な瞳には確かにわたしが映り込んでいる。
鏡にすら映らなくなってしまったわたしの顔は今まで見てきた中でも一番不細工で。
それでもセレナに見えていることがうれしくてならない。
「セレナ。あのね、お願いがあるの。故郷の村につれて行ってほしいの。あなたにならできるでしょう」
「ブルルルル」
もちろんと言ってくれた気がした。言葉は分からなくとも信頼できる今ではたった一匹の旅の仲間。
今わたしにとって仲間と言えるのはセレナだけなのだと気づいて、また涙が溢れてきてしまう。
「おうちに帰りたいよお……もうやだ……」
セレナは乗れと伝えているようだった。わたしは彼女の背に乗る。すると周りの馬を振り切って走り出した。
「おい!どこに行くんだ!止まれ、止まれったら!!」
後ろからマグドルの声がする。
王太子にセレナを返せるとさっき喜んでいたから、目算が狂ってしまったことに苛立っているのだろう。
セレナが向かったのはわたしの生まれ育った村に至る道だった。
向かう道を順調に進んでくれていたのだけれど、わたしもセレナも生きているからには食べなくてはならない。見えなくともお金は旅費の残りがたんまりとあったから、店先の品と交換で硬貨を置き去るようにした。
不思議なことにわたしの手から離れた途端に見えるようになるのだった。セレナの背に乗っていてもわたしが見えないだけでセレナの姿が消えるわけではないから、生き物の場合は違う法則が働いているのだろう。
数日が経ち育った村まであと少しになった時、セレナが道からずれて森の中に入っていった。
どうしてだろうと思っていると遠くに人影があった。
わたしが見つけた時にセレナの足が止まった。
誰だかすぐにわかった。遠くにいてもずっと一緒にいたから。
サウルだった。わたしの弟。わたしの振りをしているはずのサウルは誰でもない彼のままだった。
サウルの隣で笑顔を向けるのはどこかで見たことのある娘だった。近くで摘んで来たのか束ねた野の花をサウルに渡され嬉しそうに微笑んでいる。
「ここに居たのか。主役がいなくては折角の集まりが無駄になるだろう。二人きりで過ごしたいのは分かるが早く来なさい」
二人に近づいて来た男を見て、わたしは彼女が誰であるのかを思い出した。
見た顔のはずだ。村を出るまでは毎日のように見ていた顔だった。わたし達の住む村の村長だ。最後にあった時から比べると少し白髪としわが増えたようだが、あの頃よりも溌剌としているように見えた。
セレナはわたしの気持ちがわかっているのだろう。彼らに見つからないように距離を開けている。長く一緒にいたから体格からわかったが、きっと他の人が見たら誰だかよくわからなかっただろう。
わたしに背を向けたままの弟をわたしはじっと見つめた。
「先に行っていてくれる?お義父さんに確認しなくちゃいけないことがあるんだ。それに君のほうが僕よりも支度に時間がかかるだろうから」
「わかったわ。早く来てね!」
走り去る後ろ姿すら幸せだと高らかに謳っている。
わたしは訳がわからない、いやもう本当はわかっているのかもしれない。
だってほら、わたしはサウルの振りをして王都に向かったけど、代わりにわたしになっているはずのサウルはサウルのままなのだから。
「約束は守ってもらえるんだろうな」
「守りますよ。誰だって自分の父親が自分のために罪もない人間を大量に殺したなんて知りたくないでしょう」
「それは結果だ。私だって知らなかったんだ。お前達の父親が村を守っていたなんて、そんな」
「多少は知ってたんでしょ。攻め落とすためにまず一番戦力になりそうな父さんに毒を盛ったんだろ」
「他の人間は状況が悪くなればこっちの言うことをきくと思ってたんだ。こっそり偵察しに来た時に気づいて、なんとかして彼を除こうと思った。話し合いで解決するなら俺だってそうしたさ。でもうちの村の食糧不足は深刻で少し分けてもらう程度じゃ解決しないってわかっていたから」
「だったら最初からそう言って交渉すればよかっただろうに。父さんがそんなに強かったとは知らなかったけど、理由があるなら悪いようにはしなかっただろうと思う」
「思ってもそうならなかったら全部が無駄になるだろう。欲しい結果があるならそのために動くのが村にいるみんなの命を預かっている俺にできることだったんだ」
「自分のとこさえよければ隣の村は関係ないって?は。馬鹿にしてるよ」
「だが、俺がやったことはうちの娘には関係ないだろ?あいつはまだ幼くて俺が何をしているんだか知らなかった。みんながそっくり移動したのだって、理由も知らないんだよ。知っているのは大人の男達だけだ。罪もない娘を巻き込むのはやめてくれ」
「巻き込むのはやめてくれって?ははは。笑わせるな。お前のしたことはもうなかったことにはできないんだよ」
「勇者に選ばれたのが姉さんだってあんたは気づいたんだろう。でもどれだけ優しくしても響かない姉さんよりも娘と結婚させれそうな僕のほうが利用価値が高いと思った。それに村長、あんたは姉さんがいなくなった後に次に選ばれるのが僕だって知ってたな」
「お前達の父親がそうだったと気づいたのは移住が終わってからだった。こっちは村の人間の命を預かってるんだ。国のことよりまず村のことを考えて何が悪いっていうんだ。今まで国が何をしてくれた?俺達が飢えそうになった時だって変わらず税を取り立てて。こっちが死にそうになってるってのに働かない者がいるからいけないだと言われたんだぞ。なんとか冬を越せれば後は俺達でどうにかするからと頼んだのに、来たのは渋い顔をした役人と一枚の書状だけ。同じような環境なのに食べるのに困らない隣の村を羨んだのも当たり前だろ」
「勇者のいる場所は栄えるっていう言い伝えのことを言っているならあれは違う。父さんや姉さんがいたって村は生きていくのがやっとだった。後から調べたら、あんたらが移住してくる前の年に父さんが魔獣をたくさん討伐してて毛皮や肉が手に入ったから不作の年を越せただけなんだよ」
「ははは。今更知ったところでもう遅いんだよ……。もしもあの時に知っていたとしても同じことをしただろう。父親を奪われたお前達には悪いことをしたと思っているが、村長としてとるべき行動だったと今でも思っている」
「父さんに頼り切りだったせいであんたらに負けたんだろ。元の村の人達のことは僕はあんまり覚えていないし、正直どうでもいいんだ。殺したあんたと利用してたあいつらとどっちも変わらない。だからあんたのお望み通りに娘と結婚してあげるんじゃないか」
「何も知らないなら都合がいいと思っていただけで……」
「こんなに調べてると思わなかったって?姉さんがあんたを信用しているからって甘く見過ぎだよ。王都に姉さん向かわせるのは正直気が進まなかったけど、新しい環境を手にすることは姉さんには必要だと思ったし、普通に観光してきなって言ってもそんなお金なんてないって絶対に行かなかっただろうからね。鑑定の話は都合がよかったんだ。姉さんならそこらの人間には傷一つつけられないし、来た役人はあんたよりずっと信用できそうだったからね」
サウルから殺気が漂う。わたしに近い力を感じる。
「ひい、すまなかった……こ、殺さないでくれ」
「何勘違いしてるの?僕はあんたと違うんだからそんな単純な手を使うはずないだろ。まあ僕の機嫌次第ではどうなるか分からないけど。姉さんと違って僕はお人好しじゃないからさ」
「すまない、本当にすまなかった……」
「何度も謝らないでくれる?さっさと戻って娘の支度でも手伝ってやったらいいよ。姉さんの支度を父さんが手伝うことはもうないけど、あんたはまだできるだろ」
逃げるように走り出した村長の背中をサウルはきつく睨みつけた。
村長の姿が見えなくなってからもサウルは同じ場所で立ち続けていた。そっとわたしは近づく。
見えるとは思わなかった。でもいることぐらいは感じてくれるのではないかと期待した。
「サウル……」
「姉さん?いるんだね、よかった。勇者が消えたって噂になってて。心配してたよ」
振り向いたサウルの視線はわたしと合わなかった。
「姉さんの代わりをするって言ったけど無理があったからさ、ごめんね。本当は僕が王都に行けたらよかったんだけど、姉さんが勇者なのは本当だし、あの村長の近くに置いておきたくなかったから。まさか魔王を倒しに行くなんて知らなかったし、そのせいで帰って来づらくなるなんて思ってなかったんだ」
「サウルなりにわたしのこと考えてくれたんでしょ」
「少しは居やすくするから、気が向いたらいつでも帰ってきていいんだ」
「サウルにはわたしが見えているの?」
「ぼんやりとわかるくらいだよ。生きててよかった。姉さんに何かあったら僕に代替わりするからわかるだろうとは思ってたけど、経験のないことだといまいち自信が持てなくてさ」
「声は聞こえているの?」
「はっきりと聞き取れるよ。残念だけど姿はぼんやりとしてるね。だけどいるのはわかる」
「ごめんね、姉さん。僕は姉さんの都合よりも自分の都合を優先したんだ。姉さんにどうしたいか聞けばよかった。いない人間にされてしまうなら僕のほうがふさわしかっただろうに」
「そんなことない。わたしが自分で決めて出てったの」
「姉さんが亡くなったって聞いてどれだけ後悔したか。僕だったらきっと魔王を倒す旅に駆り出されるほど強くなることもできないまま、村に帰ることだってできたかもしれない」
「もしそうだとしても、きっとお姫様と結婚させられたわ」
「別にそのくらいなら……。姉さんがこんな目に合うくらいなら最初から僕が行けばよかったんだ」
「いいの。きっと本当のことをわたしが知ったら、まず村長に事実かどうか確かめに行ってしまったと思うもの」
「でも」
「勇者は消えたんでしょ?なのにサウルはどうしてサウルのままでいられるの?」
「僕も知らなかったけど、勇者になった後に亡くなると記憶から消えるみたいなんだ。勇者は家族以外の誰の記憶にも残れない。村の人がほとんど入れ替わったとはいえ、前から住んでた人がまったくいないわけじゃない。なのに父さんのこと誰も話さなかったの、姉さんは不思議じゃなかった?」
「言われてみれば。父さんの話をするとなんだか可哀想なって顔になったのって早くに父親が亡くなったことじゃなく、いない相手の記憶を作るくらいに追い詰められてるって思われたってこと?」
「追い詰められているかはともかく父親が恋しくて理想の父親を語っていた、くらいには思われていそうだね」
「じゃあ母さんが病気になったのももしかしてそうなの?」
「違うよ。絶対に」
「なんで言い切れるの。母さんじゃないんだからサウルにはわからないでしょ」
「わかるよ」
「だって母さんは父さんが亡くなった時にいなくなっただろ。まだ小さい僕を育ててくれたのは姉さん、あなたじゃないか」
「え?」
知らない。わたしは父さんがいなくなってから必死に生きてきたから。家族二人分働かなくてはならないと思っていたから。
え?待って。
二人分?
病気の母とまだ幼い弟。そしてわたし自身。
そう、父が亡くなった後の我が家は三人だったはず。
「両親の部屋をそのままにしているのはきっと二人ともいなくなったことを受け入れられないんだとばっかり……。僕だって急に両親がいなくなったんだ。何があっても絶対守ってもらえると思っていたから、姉さんと二人きりになって不安で仕方なかったよ」
「いつも食事を三人分用意してたから、不思議に思ってたんだ。多くもない量なのに三つに分けるなんてって。まだ小さくてお腹がすくのが耐えられなくて。少しでも多く食べたかった。僕が姉さんについた嘘、最初の一回目はよく覚えているよ。母さんは寝ているから僕が運んでおくって言ったら姉さんがお願いねって言って笑ったんだ」
「嘘よ」
「そうだよ。僕は姉さんに嘘をついた。でもその嘘を受け入れたのは他でもない姉さんだ。両親の部屋にずっと母さんが寝ていると思うことで、母さんが僕達じゃなく父さんを選んだことを忘れようとしたんだろ?忘れたまま生きていけるならきっとそのほうがいいと思ったんだよ。もし姉さんもいなくなったらと思うと本当は母さんもいないなんて言えなかった」
「でもだったらどうして生活できたの?孤児になったら誰かの子供になるしか村で生きていくことなんてできないじゃないの」
「だから村長が何度も訪ねてきたんだろ。あの人が僕達の新しい親になったって姉さんは村長が何度説明しても聞こえていなかったよ」
「村長もそのうち説明するのはあきらめたみたいだった。あの人にとっては善意で僕らを引き取ったわけじゃないからさ。自分達家族のためになるなら一緒に住む必要なんてないし、元の家で二人で住んでくれるなら好都合だと思っていたんじゃないかな」
「まあでも村長も役にたつこともあったし。僕らが名ばかりの管理人になって、畑仕事が他の人よりも少なくなってたのって村長が手を回したんだよ。元々の村の人間なら管理するのは本当は誰でもよかったのを、僕らじゃないといけないってことにしたらしい」
「父さんのこと誰も覚えていないのが勇者だったからっていうのなら、どうして村長は父さんのこと忘れなかったの」
「手をかけた人間は例外ってことだよ。勇者の名前がレオって呼ばれることになるのも初代の勇者の名前がそうだったからっていうだけじゃない。勇者になった者の名前は全部忘れられてしまうから。忘れられてなくなってしまうくらいなら元々覚えていられる名前にすることで少しでも勇者の功績を残そうという試みらしいよ」
「なんでそんなに詳しいの」
「詳しくならないと生きていけないから、かな。僕が姉さんなら大丈夫だと思っていても、実際大丈夫かどうかはまったく別の話だから」
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