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大まかに書き終わったので直しながら投稿します。
よろしくお願い致します。
仲睦まじい男女が寄り添いながら言葉を交わしている。
「焦っていたのは勇者です。その結果なら消えてしまったのも仕方ない」
「でも私達が一緒にいたのだから何か方法が」
「咄嗟に庇うこともできなかったのですよ。お互い動けなかったではありませんか」
ここは魔王城最深部。王座の間。
わたしは旅の仲間達が言い争うのを黙って見ているしかなかった。
女の身であることを隠し、勇者となって魔王との戦いに挑んだ。
その結果がこれなんて!
自分の銀の頭をかきむしりそうになる。勇者となる時に短くした髪は旅の間にまた元の長さに戻りつつあった。
引きちぎりたい衝動に駆られつつも、せっかく伸びたのだからと必死に自分に言い聞かせる。目の前の女ほど美しくはないが好きな男の望む姿になろうと邪魔に思いつつも伸ばしていたのだ。
自分の愚かさと神を呪いたくなる。
なぜわたしばかりがこんな目に遭わなくてはならないのだろうか。
わたしは魔王と対峙し、呪いを受けてしまったのだ。
「これより先、心の綺麗な者にしかお前を見ることはできないだろう」
そう宣言され発動したのは、強力な鎖となりわたしに絡まりついた。
魔王が命と引き換えに発動させた呪いだろう。勇者とはいえ人間の身ではなす術などなかった。
結果、旅の仲間である、いや、仲間であった二人のやりとりを間近で聞くことになっている。
魔王が真に心の綺麗な者にしか見えない呪いをかけたのであれば、彼らはそうではないと証明されてしまったことになるのだが。
わたしはまだ信じたくなかった。
「まさか勇者レオが相打ちになるなんて」
「しかし魔王は倒されました。これで世界は平和になるのです」
金の豊かな髪をたなびかせつつ、ぷるんとした唇を悔しそうに噛みしめるのは王女にして魔法使いのヒューリーディア。小さな子に言い聞かせるように頭を撫でているのは赤い髪がたてがみのようだと言われる「赤獅子」こと騎士団長のマグドルだった。
「よく考えてみてください。王女様はこのままレオと婚姻を結ぶしか未来がなかった。自由が手に入ったのだと思えば悪くないのでは?」
「お父様……一国の王がお決めになったことに異を唱えるわけにはいきませんもの。レオの花嫁となることは替えられない事実でした」
「ええ、でももうレオはいないのですよ」
「……そうね。いないわ」
ヒューリーディアは大きくため息をついた。
「一騎打ちを申し出た魔王に感謝するべきなのかしら。マグドル」
「ああ。ヒューリー、魔王討伐の証を持って戻るべきだろう」
マグドルの口調から敬語が抜け落ちた。代わりに声に温かさが含まれ、王女への愛情が溢れている。ばかな。
優しげに笑うマグドル。そんな顔、わたしは見ることがなかった。
信じたくない。
目を閉じることも忘れてしまったわたしの前で愛の劇場は展開していく。
マグドルがヒューリーを引き寄せると何度も唇をついばんだ。
思わず目線を下に落とした。と、そこに銀の光を見つけた。
魔王が消えた位置の地面に白銀に輝く紋章が落ちている。複雑に絡み合ったつる草に神の使いたる大鳥が描かれていた。
それは古代に存在した大国の紋章であったはずだ。
「勇者の仲間は俺達だけだ。勇者は魔王を倒した後に俺達と別れてどこかに身を隠したことにすればいい」
「どうして?レオが身を犠牲にしてまで成し遂げたことなのに」
「決められた王女との婚姻を嫌がった、ということにすればいい。相打ちだったなんて知られたら勇者の残された家族に多額の賠償金を支払わなくてはならないだろう」
「そうなの。なら仕方ないわね。嫌がられたのだから旅の仲間にして英雄となるマグドルとの婚姻に反対する者はいないでしょうし」
「旅が終わった後にレオをどう説得するか考えていたが。解決したからな」
王女は上目遣いで騎士団長を見やった。
「マグドルったらずっとレオにつきっきりでさみしかったのよ?」
「仕方ないだろう?俺達の関係をあいつに知られるわけにはいかなかったんだ。可愛いヒューリーを放っておくのは俺だってつらかったんだぞ。だが勇者を放っておくわけにいかなかったことはヒューリーだってわかっているだろう?魔王を倒せるのは勇者のみ。レオの称号を持つ者だけなのだから」
わかるだろう?と続けるマグドルの顔をわたしは食い入るように見つめた。
わたしはここにいるのに彼には見えない。でももしかしたら気づいてくれるかもしれないと一縷の望みを持ってしまう。
それとも彼にはわたしが見えていて、それでもなお見えないフリをしているのか。
いいや。
わたしの知っているマグドル騎士団長は立場の割に素直で優しい、騎士の鑑のような人だった。
もし今わたしのことが見えているのなら何度も目線が合うはず。一度として合わない視線に突然の王女との関係の暴露。
彼の目にわたしは最初から映っていなかったのだろうか。
「田舎者でどれほどか弱くとも、神殿が勇者であると見出してしまった。王家が騎士団長に与えるべき称号だと何度要求しても突き放されたというのに。あんなにか弱い者に……」
「あら。そんな風にはまったく見えなかったわよ?マグドルったら妬けちゃうくらいにレオにべったりだったじゃないの」
「いや、それは……全ては魔王を倒してもらうために必要なことだった。ヒューリー、許してほしい」
許して?何を許してほしいと言うのだろう。
勇者が女であること、打ち明けた彼だけが知っていたというのに。
何度もあきらめそうになる度に励ましてくれた。わたしにしかできないことなのだからと支えてくれていたのは幻だったのか。
マグドルを愛するようになるのにそう時間はかからなかった。
勇者という皆の理想の男となっていたわたしが本当の姿をさらせる相手を見つけたのだから。
すがることも泣くこともできない中で頼れる男を好きになるのは自然なことだった。
ずっと一緒にいたのだ。
魔物達を数え切れないだけ屠った。その中には向かってこない個体もあった。つぶらな瞳が澄んでいるように見えた個体もいた。でも今向かって来ないからといってこの先も攻撃してこないとは限らない。
その時襲われるのは勇者であるわたしではなく、身を守る術のない多くの民なのだ。
心を鬼にした。
わたしはきっと人であって人ではないのだ。そう自分に言い聞かせた。そうするしかなかった。
どれだけつらくても人目がある時には笑ってみせた。
わたしのするべきことではないと本当は何度も思った。
彼の前でだけはわたしは素の自分に戻ることができた。情けなく泣くわたしを見限ることなく共に戦ってくれた人だったのだ。
頼れる仲間で最愛の人だった。そのはずだった。
わたしのマグドル。
魔王に挑む前に全てが終わったあかつきには、わたしの性を明らかにして共に暮らそうと将来を誓い合ったのに。
深まった絆はまやかしだったというのだろうか。
見えていないはずなのに、まるでわたしに向けてのように王女が笑う。
はっと目を引く華やかな笑顔だった。
「しょうがないわね。あなたがそんな風に頭を下げるところなんてなかなか見ることができないもの。レオはもういないんだし。まあいてもお飾りの夫にするつもりだったから状況は変わらないかもね」
「俺はいつだってヒューリーのものだ。忠誠も俺自身も。名実ともに隣に立てるなら何にも勝る褒美となる。与えてもらえるだろうか?」
マグドルの瞳の奥で感情の熱が揺れている。
わたしが一番信用していた男に裏切られたのだと気づくには十分だった。
「勇者が決まる前、あなたが私の婚約者だったなんて、田舎者の勇者は知らなかったでしょうから。横槍を入れたのが自分だとは知らないまま逝けてよかったのではないかしら」
知らない。気づかなかった。
それに教えてくれなかった。
わたしを抱いたその男は甘く囁いていたというのに!
※ ※ ※ ※ ※
村に国からの令が伝えられたのは、二年前のことだった。
わたしは病の床に伏せる母と二歳下の可愛い弟と暮らしていた。
あの時までわたしは単なる村娘でしかなかった。
不満を抱えつつもこれからも同じ生活が続くのだろうと思っていたのだ。
畑仕事に加え村から離れた位置にある祠を管理していた。母と弟の分の食い扶持を確保するためにもわたしは他人の何倍も働くことで、どうにか村で暮らし続けることができていた。
村一番の力持ちだった父が生きていればこんなに肩身の狭い思いをしなくともよかっただろうと思うと、お門違いと知りつつも父のことが恨めしかった。
その日、全員に伝えるようにとのことだからと村長がわたし達を呼びに来てくれた。父が襲い来る魔物達の集団から村を守って亡くなったことを少しは申し訳なく思っているのかもしれないと思っていた。
わたし以外の目撃者がいなかったせいで、父は足を滑らせて崖から落ちたのだと思っている村人がほとんどだった。
あんなに頼れる人だったのにまさか足を滑らせるなんて、深酒でもしたのではないかと囁かれ、いつの間にか日常から深酒をしていた男として認識されるようになった。
誰かが故意に噂を流したのではないかと思うくらいだった。
子供のわたしが父を庇っても、死人に口なしとばかりに、早寝する子供では分からなかったのだろうと嘲笑われただけだった。
村長が諫めることをしなかったのは事実を話しても話さなくてももう父が帰ってこないからだったのかもしれない。
村を治めやすい状況にするにはきっと父が悪者であったほうが好都合であった。だから本気で訂正する気はなかったのだろう。村長は村人達の目のないところではいつも申し訳なさそうな顔をしていたように思う。
教えられた時間よりも前に指定された広場に着くとすでに多くの村人達が集まっていた。こちらに向く視線を感じては、黙って会釈を繰り返した。
声をかけられることがなくとも、見た時に頭を下げておかなくては無視したと触れ回られてしまう。今でも決して仲良くできているわけではないのだから、これ以上関係が悪化するようなことはしたくなかった。
「そろそろ時間だな」
そう村長が言った時にはほぼ全員の村人が集まっていた。いないのはわたしの母のように動くことのままならない者だけだ。
村長は重要な知らせがあると言うと隣に立つ綺麗な男に声をかけた。一度目にすれば忘れることなどなにのではないかと思えるくらいに綺麗な男だった。
男が着ていたのは村長が着ている服の何倍も高価そうな布地だった。装飾は少ないがそれが余計に男の美しさを際立たせていた。
一目で王都から来た役人だと村人の誰もが分かった。
顔だけではない。書状を持つ手すら、まるで彫像のようであった。
祠に置かれている彫像と並んでもどちらが石像なのか分からないだろう。祠の像を美しいと思っていたが人間で同じように感じる相手に合う日が来るとは思わなかった。
その役人は肩ほどまである白金の髪を後ろで一つに結んでいた。艶がありうねっているその髪はとても柔らかそうで場違いにもわたしは触ってみたいと思った。
役人はわたし達にちらと目線を向けるとすぐに手元の書状へと目をやった。
「健康なる男子よ、神殿に赴き祈りを捧げ鑑定を受けよ。さすれば銀貨一枚を授ける」
綺麗な人は声まで綺麗であるらしい。
言葉は理解できたが言っている内容は入ってこなかった。
ただひたすらに良い声だなと思った。
この声をいつも聞ける人は幸せだろう。わたしは姿も声もまるで男のようだと言われている。二つ下の弟と並んでいると姉と弟というよりも兄と妹が並んでいるようだと何度も村人達にからかわれている。
だから男性であると分かる容姿であるのに綺麗だと思える彼のことが尊いものであるように思えた。じっと役人を見つめていると視線に気づいたのか、彼がわたしを見返してきた。
視線が合わさった時、わたしはなぜだか気恥ずかしくなり、慌てて周囲を見回す振りをした。
「男子は神殿に赴き祈りを捧げ鑑定を受けよ。さすれば銀貨一枚を授ける」
役人はもう一度繰り返し読んだ。今度は意味を考えることができた。
銀貨一枚といえば村では親子三人半年は食べられるだろう。
男であったなら得られるのだと思うとうらやましいとぼんやり思った。
村の男達はわたしよりもずっと敏感に反応した。
「銀貨だってよ」
「神殿ってどこにあるんだ?」
「鑑定って何だろうな」
口々に言い合う彼らはなかなか彼に声をかけない。
なにしろ王都から赴いた役人である。村長よりもずっと偉いのだ。
偉い人に逆らうとろくなことにならないと彼らにとっては、例え目の前に立っていても、責任をとらなくていいように言葉を投げかけることはしないのだった。
村人達の反応を見て、村長が恐る恐るたずねた。
「その鑑定とかってのは痛くないんですかい?」
「痛みなどないよ。能力を知るためのものだ、痛みなんぞあっては困る」
「じゃあその鑑定を受けるだけで銀貨を一枚もいただけるっていうんで?」
「王様は此度の魔物増殖に歯止めをきかせるために英断なさったのだ」
「神殿っていうのは王都のですかい?ここからじゃ何日かかることか。銀貨一枚もらえたところで往復してたら足がでちまう」
「ふむ。神殿は何も本神殿である必要はない。町は村に設置されている小さな神殿や神所……祠で構わない。随分と田舎な村だが神殿まではいかずとも祠を建てた神所くらいはあるだろう」
「へえ。村の近くにありますが、あんな寂れた場所でもいいんですかい」
「寂れているのはお前達が普段敬っていないからだろう。管理をしている者はどうしているのだ」
「今は病に伏せっておりまして」
「なぜ管理しない?本人でなくとも家族はいるのだろうに」
わたし達のことを言っているのだとわかり、一歩前に出た。
「すみません。家のことで精一杯でなかなか手が回らなくて」
「ん?君達がそうなのか?……なるほど。ならば仕方ない」
役人はわたしと隣に立つ弟の顔を交互に眺めると納得したのか何度もうなづいた。
「こんな子供達では難しいだろう。他に誰かいないのか」
「祠を設置した元の村の住人はほとんど死んじまってますんで。ほとんどはその後に移れって言われた隣村のもんです」
「ふむ……では管理代理人よ。鑑定の際にするべきことを教えるから私についてくるように」
役人の男はそう言うと王都から乗ってきたのだろう、立派な馬車の中へと入っていく。
わたしは慌てて役人の背中を追った。
向かい合わせに座る。扉は閉められ馬車の中にはわたしと彼の二人しかいない。いくら子供扱いされているのが分かっていても、村では見かけることのない整った容姿に一目で手の出ないほど高いと分かる服装をしているのだ。
二人きりだと思えば思うほど緊張してきてしまい、自然と下を向いてしまった。
「呼んだのは話し合うためだ。緊張しなくてもいいのだよ」
「でも失礼があったら鞭打ちされるって」
「しない。君は私のことを恐れているがあなどってはいないだろう?ならば私が失礼だと思うようなことは言わない、そう思うよ」
「だって知らないことばかりだ、……ですし」
「知らないことは別に罪ではない。学べる機会があるのに知らないままにすることのほうがずっと罪深いことではないか、そう私は思うよ」
「王都のお役人様はみんなそうなんですか?」
「……いや、残念ながら役人の中では一握りだろうね」
「ともかく疑問に思ったこと、知りたいことがあったら私には遠慮なく声をかけるといい。私に答えられることなら何でも教えてあげよう」
「どうして?」
「気になるかい。理由は勝手に決めておいてくれればいい」
「勝手に決めて答えが間違っていたらどうするんですか?」
「決まったら教えてほしい。私もなぜなのか知りたいから思いついたら教えてほしいものだね」
「き、気まぐれとかでしょうか?」
「んん、違うな」
「ええ?うーん」
「私が親切なのがそれほど気になるかい?子供であれば理由もなく人に優しくされることなどいくらでもあっただろうに」
「食べ物が年々減ってますから。みんな自分が生きることに必死なんです。他人の子供に優しくする余裕はない、と思います」
「すまない。……数字でしか知らないことは実際に見てみないと分からないものだね。子供の君に教えられるとは」
役人は申し訳なさそうな顔を一瞬だけした。
「ああそうだ、これをやろう。慌ただしくなるだろうがよく励みなさい」
周囲の村人に分からぬように早くしまいなさいと握らされたのは何枚かの銀貨だった。
「病気の親がいるのだろう?滋養のある物を食べさせてやるといい」
一際柔らなその声色はわたしを落ち着かせようとしているようだった。
自分の顔が赤くなっているのが見なくても分かる。なぜなのか知られるかもしれないと思うと恥ずかしかった。
こんなに綺麗な人の前にむさくるしい男のような自分がいるのだと思うと消えてなくなりたいとすら思ってしまう。
「これから言うことを必ず守るように。覚えられるようによく聞いて。朝晩必ず祠の掃除をしなさい。全てを綺麗にしようとしなくともいい。どこか一カ所、昨日よりも綺麗な箇所を作るように。ああ……それから君が祈りを捧げる時は朝早くにしなさい」
掃除をする必要があるのはわかる。人がいない場所はどうしても土埃が溜まりやすい。風が吹き込むわけではないけれど、ちりも埃も溜まる。
でも。
「掃除は分かるんですけど、どうしてお祈りは朝にしなくてはならないのでしょうか。他の人と同じように昼間ではいけませんか?」
「鑑定を受けるのは男子と決まっている。昼間に行われるのだからその時間帯は避けてほしい」
「誤解されないようにですね。わかりました」
「それから鑑定を受けた人の名を記した帳面を管理してほしいのだ。私は王都から派遣されたホルンという」
「ホルン様」
綺麗な人が綺麗な声で名を教えてくれるなんて。
思わずつぶやいたが、微笑みながら小さくうなづいてくれた。




