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異なる世界の当たり前

 授業中の合間でも、慎は現実にやってきた彼らと対話を行っていた。

 近衛兵士の話によれば、彼の下へやってきたのは14名。話し合うことは山ほどある。事務的に話す教師の授業は、勉強が苦手な慎では集中力を持たせることは不可能だったので、合間合間で面談しようと考えたのだ。

 教科書を立てて一応の壁を作り、周りから見えにくくしてから一人ずつ呼び出す。何故隠すのかと言うと、相手によってはゲームキャラクターの姿が見えてしまうらしい。


≪そこんところ、細かく説明してくれ≫

“お任せを、少々長くなりますよ?”


 教科書に隠せる小人サイズにまで縮んだ『ハーミッド』に、慎は小さく頷いた。どうやらゲーム設定内の身長と、それ以下のサイズなら融通が利くらしい。


“まず我々を認識できるのは『オルタナティブ・ラグナロク』のプレイヤーたちです。ただし、全員ではありません。あの世界に思い入れを持っている人物のみ、我々を認識できます。他にも波長が合う……例えば私の場合『魔術師』の風貌ですので、私でなくとも『魔術師』に惹かれる人物には認識されてしまうでしょう”

≪それって、あのゲームのプレイヤーでなくともか?≫

“はい。なので一応、この場では小声にしておりますが……”

≪ああ、学校内ではそうしてくれ。俺らはスマホ世代だし、魔術師風のキャラなんざ今時いくらでもいるからな≫


『オルタナティブ・ラグナロク』に熱中していたプレイヤーは、少なくてもこのクラスにはもう一人いる。昨日話をした天野 礼司だが、彼は今日欠席しているようだ。

 だが彼以外のクラスメイトに、プレイヤーがいないとは限らない。それどころかゲームに慣れ親しみ、今も遊び盛りな学生たちなら、プレイヤーでなくとも気づかれてしまうかもしれない。今更ながら、電車内で『近衛兵士』を呼び出したのは迂闊だったと思う。


≪姿も出来るだけバレにくいように頼む。しばらくは様子見だな≫

“仮に見つけられても、問題ないと思えますが”

≪念のためだ、念のため。そーゆー細かいとこで詰めとかないと、後々泣きを見るかもしれないだろ?≫

“ああ……ありましたねそんな事も”


『ハーミッド』が頷いた。彼らが納得しているのは『オルタナティブ・ラグナロク』での体験の事である。素の能力値が低い『N』のキャラクターたちで結果を出すには、極限まで手順を突き詰め、敵の傾向を知り、それに合わせたキャラクターの選定などなど……ともかく妥協は許されない。針の穴を通した後、そのまま綱渡りの連続などと言うこともザラだった。

 その経験の中で、ほんの少しの甘い判断や油断で、失敗する事は多々あった。慎があのゲームにおいて学んだ最大の事は『何事においても敵になり得るのは、己自身の油断と妥協』この一言に尽きる。


≪徹底するべきだ。現実はリセットもリトライも出来ない≫

“……そうですね。私も、マスターの判断で正しいと考えます。いやはや、本当に勝手が違いますね”

≪……? どういうこった?≫

“我々の世界は、リセットもリトライも当たり前でしたから。時間があれば再挑戦の機会が訪れる……後のない、取り返しのきかない戦いを経験したのはきっと、最後の魔王攻略戦ぐらいでしょう”


 勝手の違いに苦笑するハーミッドを、慎はしばらく無言のまま眺めていた。

 再挑戦が叶うのが当たり前の世界。それは、現実を生きる人々には想像ができない場所であろう。現代日本では失敗した人間に対し、それを糧に次に進めばいいと、前向きな言葉で励ますことは、決して悪ではない。

 だがその失敗が取り返しのつかない事ならば? 例えば誰かが死んでしまったとしたら、現代では生き返ることはできない。他にも……一生治らぬ障害を負ったり、負わせてしまったとしたら……

 取り戻せない過失が起こったとしても、時を逆戻し再挑戦ができる、いくらでも取り戻せる世界。現代に生きる慎から見ても異世界なのだから、彼らから見ても現代とは異世界なのだろう。


“マスター? どうかなされましたか?”

≪あ~……わりぃ。俺もそっち側を想像しきれてなかったからさ。考えてたんだよ≫

“なるほど。我々の事を想ってくださるのはありがたいことですが、あまり囚われないでください。既に失われた世界ですから”

≪そうだったな≫


 そう、彼らのいた『オルタナティブ・ラグナロク』の世界はもうない。違いが多すぎる世界に、彼らは順応して生きていくしかないのだ。そして現代で上手くやっていけるかどうかは、慎の行動が大きく影響してくるだろう。


≪俺は14人の身柄を預かってるようなものか。責任重大だ≫

“緊張なされてますが?”

≪当たり前だろ? こんなの初めてだ。でも、出来ることはやっていく。この世界とお前たちが、折り合いつけてやってけるようにさ≫

“ありがとうございます。それでこそ、我々のマスターです”


 真っすぐに『Nマスター』の目を見つめるハーミッドが眩しい。照れくさく鼻を手でさすって、慎は彼らの信頼に応えるべく思案を巡らせた。

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