「そんなことのために来たんじゃないだろ」
「そんな事するために、こっちに来たんじゃないだろ」
心の底から出た声は、凄まじい激情を宿していた。怒っているを通り越して、怨み事のように聞こえたかもしれない。声に出してから、その言霊の強さを思い知った。
けれど慎の本心は違う。確かに憤りはある。無理解への反発もある。なれど慎の反発は自分だけのモノではない。慎にとってかけがえのない仲間との絆を軽んじられた、それに対する強い異議が彼を突き動かしていた。
「みんなは……キャラクター達は、そんな事をするためにこっちに来たんじゃない。馬鹿にするな」
「誰も馬鹿にしたつもりなんか……」
「したんだよ。オッサンは」
有無を言わさない『Nマスター』。その時だけは全く物怖じせず、一つのゲーマーとして……一つの事に真摯に取り組んだ男として、はっきりと言わなければならない。でなければ……自分たちの所に来てくれた14人に顔向けができないから。
「なんでそんなつまんねぇ事するんだよ。そんな事に使う発想が出て来るんだよ! ありえねぇだろ! あれで終わりなのが……あんな早い別れが嫌だから、一緒にいた時間とか思い出とか、そういうのが簡単に消えちまうのが嫌だから……だからこっちに来たんだろ!?」
「お、おい、落ち着け! ファミレスだぞここは」
「あ……」
熱くなった慎を大人がなだめる。はっとして見渡せば、周囲の目線が痛い。店員は明らかに迷惑そうで、唇を尖らせ縮こまるしかなかった。
目を合わせず呟くように「すんませんでした」と言う。高ぶった感情と手のひらの熱さを確かめるように握りしめる。言葉と裏腹に『これでよかった』と、妙な達成感が慎にあった。
彼等は――慎と共に戦ったキャラクター達は……慎の道具ではない。そんな風に思った事は一度もない。共に戦い、共に苦しみ、そして数多の絶望を跳ねのけたかけがえのない『仲間』だ。力や道具扱いされるのは、我慢ならなかった。
迷惑でも、空気が読めなくても、これは『Nマスター』として言葉にしなければいけなかった事だ。そんな奇妙な確信がある。まだ興奮醒めぬ慎に対し、大人は怒りも失望もなく「若いな……」とだけ呟く。だろうなという言葉を飲み込んだ所で、意外な人物が発言した。
「うん……そうだよね。あのまま終わりたくなかった。このままさよならしたくなかった。だから私達はこっちに来た。今のはパパが悪いよ?」
「そう……なのか? 待てジャヒー、お前もこのガキの肩を持つのかよ?」
「当たり前だよ。パパだって別れたくなかったんだよ? だから今私は、パパの所にいるの。信じられないかもしれないけど」
「…………」
井村編集長の顔は歪んだ。様々な感情が入り混じっているが、喜びと苦痛が混在しているように見える。内情を突っ込んだ時に見せた、奇妙な悲哀がより顔をのぞかせていた。同時に彼の脳裏に、礼司と話した事が思い浮かぶ。
『キャラクターが実体化する条件は……プレイヤーとキャラクターの、ゲーム内での関係性が重要だ――』
別れたくない。このまま消えてしまいたくない。そんな思いから現実にやって来たとするなら、オッサンとジャヒーの関係は悪くはないハズだ。慎と14名の『N』レアリティキャラとの関係にも似ている。興味を持った少年は尋ねた。
「なぁオッサン……『ジャヒー』にいくら突っ込んだ?」
「あん? そりゃどういう意味……」
「いやとぼけんなよ。『オルタナティブラグナロク』やってたなら分かるだろ?」
「いや全然」
「えっ……プレイヤーじゃねぇの?」
予想した解答と異なり、慎は面食らう。もしかして仮説が間違っていたのだろうか? プレイヤーでなければ、関係性は生まれない。たまたま彷徨っていた? いや、それでは『ジャヒー』の反応が解せない。
頭にいくつも疑問符を浮かべる中、オッサンは信じがたい事を口にした。
「プレイヤーかどうか? って質問なら……一応『オルタナティブラグナロク』は触ってた。たまにポチポチいじって、オート操作でサクサク進んでただけだが」
「あー……スキルオートや倍速で進むのとか標準だもんな。ん? ん? え何?『ジャヒー』引いててカジュアル勢な訳!?」
何たることか。どうやらこのオッサン、最強キャラを引いておきながら……真剣に遊んでいなかったらしい。驚愕する慎に対して、大人の井村は冷めた反応を寄越した。
「別にいいだろ。適当にポチポチして時間潰せるのもソシャゲーの魅力じゃねぇか」
「う……否定はしねぇけど……いやちょっと待って? じゃあなんで『ジャヒー』はこっちに来たんだ!?」
これでは前提が崩れてしまう。ゲームの中で生まれた『キャラクターとの関係性』が、サービスを終了した『オルタナティブラグナロク』世界と、こちらを繋ぐ架け橋であると仮説を立ててる。適当にポチポチ遊んでいただけで、関係が生まれるとは思えない。ただの暇つぶしに何の思い入れを持つ? 疑問に答えたのは向こう側の住人だ。
「パパはね。やる事なくなった後も……毎日私の顔見に来ていたんだよ?」
「……ただのログインボーナスの回収だ。スタミナ? AP? ともかく行動ポイントも勿体ないしな」
「プレゼントボックス、パンパンだったけど。ポイントも溢れさせていなかったっけ?」
「…………」
あぁ、なるほど。曖昧に慎は納得する。
ただプレイするだけがゲームの魅力ではない。立ち絵や背景、世界観、キャラクター性なども含めて楽しめる物もある。あのゲームは……もう各方面からこれでもかとネタを詰め込んだ闇鍋状態だ。整合性があるかも怪しいが、その混沌具合を楽しむ作品だったと言える。
細かい部分は分からない。けれど恐らくオッサンは、ジャヒーのキャラを気に入った。何らかの思い入れや感情を抱いていた。だからやる事の無いゲームでも、顔を見に来ていた……のだろう。それもまた『関係性』か。
しかし……そうなるとふと、慎は気になる事がある。終わった作品だし、今も隣にいるなら……逆鱗に触れる事もないと信じ質問した。
「オッサン。ジャヒー引くまでどれぐらいガチャ回した?」
「なんかのキャンペーンで配布された無料10連だったかな……課金なんてしてねぇよ」
「ウッソだろお前!?」




