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触媒の選択

「よく……わかんねぇけどよ……それってガラクタでも大丈夫か?」

“はい モンダイ ありません”

「えーっとそれじゃあ……確かこの辺に……」


 背中に視線を感じながら、彼は自分の机の中を漁り始めた。

 触媒を探しているのだと悟った三名は、無言のまま彼を待つ。あーでもない、こーでもないと散らかしながら、慎がその手に掴んだものは――


「これにする。いけるか?」


 手のひらにあるのは、電源の入っていないスマート・フォン。型番も旧式で動きそうにないソレは、慎が最初に使った携帯電話だった。

 携帯会社は携帯電話の返却を推奨しているが、やはり最初に使った道具には思い入れがある。当初は迷いもしたし、今も引き出しの奥深くにしまわれていたのだから、意味がないじゃないかと言われたら、反論できない。結局、貴重な部品のバッテリーだけは返却したが、慎はこのスマホを手放すことは出来なかったのだ。


“へへ、ダンナらしいナ”

“同感です。実にマスターらしい選択ですね”

“では テツヅきを します。おアズかり します”

「おう、頼む」


 ライフ・ロボに手渡そうとして、腕がないことに気がついた矢先だった。両脇のハッチが開き、輪っか状のマシーン・アームが慎の目の前で待っている。挟みこむような腕にスマホを預けると、ゴブリンは息巻き、ハーミッドは目を閉じて集中し始めた。


「「――――――!」」


 ハーミッドとゴブリンが発音するも、単語の意味は分からない。なれども、その行為の意味を『Nマスター』は正しく理解できていた。

 呪文を詠唱しているのだ。

 かつて共に戦った仲間たちと、自分たちを繋ぐのに必要な魔術の。


“マスター ひかりガ キます。メを トじることを おすすめします”

「はいよ~」


 ロボットの忠告に素直に従い、彼が目を閉じた矢先だった。瞼越しにさえはっきりわかるほどの――光が奔った。なるほど確かに、直視してしまえば大惨事だっただろう。ぐらりと世界が揺らいだ気さえする。よろめきながらも、慎は再び目を開けた。


「……? おい? どこ行った!?」


 すると、居たはずの彼らは跡形もなく消えていた。

 だが、最初のスマホはベットに置かれているし、散らかった部屋もそのままだ。状況が全く把握できないが――


「慎~? 何があったの!? なんかすごい光が出たけど!?」

「え!? あー……あー! なんか仕舞ってたライトが急に光ってさ!! 大丈夫、なんでもない!!」


 母親の呼びかけに慌てて言い訳する。どうやら光は幻覚ではないらしい。となれば、古いスマホに何かが起こっているのではないか? そう思い、動かないはずの機械を後ろポケットへしまい込んだ。

 普段より騒がしく始まった朝は、奇妙な予感を残している。まだ混乱冷めやらぬ中で、父親の言葉が慎に刺さった。


「慎、何かあったのか?」

「へあっ!?」


 昨日と同じように玄関前で靴を履く父に訊ねられ、慎は素っ頓狂な声を上げた。


「べっ……別に……ああ安心してくれ、親父やおふくろに迷惑かけるようなことしてねーから」

「そうか? ならいいが……火遊びはほどほどにな」

「いやいやいや! してねーから!」

「ははは」


 完全に誤解した様子で、使った時間を埋めるように、早足で父は会社へ向かった。

 唇を結んで見送った息子だが、よくよく考えれば今朝のことを正直に話したところで、理解してもらえるはずもない。慎本人にとっても、詳しいことは分からないし、とりあえずこの場はいいかと、彼も朝食を取りにテーブルに着いた。


「……慎、ライトじゃなかったの?」

「えっ!? い、いやー……それはーそのー……」


 前言撤回。余計なコト言うんじゃんねーよ親父! と内心毒つきながら、母親への言い訳を探した。


「ど、動画! 動画サイトで話題の演出のがあってさ~! ちょっと試しに見てたら、派手過ぎてなー……!」

「あら、そうだったの? でも見るならカーテンぐらい開けてからにしなさい。目に悪いわ」

「えっ……ああ、うん。気をつける」


 我ながらひどい嘘だと思ったのだが、あっさりと通じてしまった。バレずに一安心と感じる反面、こんな穴だらけの言い訳が素通りされるのも、なんだか腹正しい。しかし、せっかくやり過ごせた厄介事を蒸し返すことも出来ず、むすっとした顔つきで茶碗を握った。


“ケッ、うじうじしてんじゃないの! 『騙されやがったなマヌケぇ!』って腹の中で嘲笑ってりゃいーの”

「!?」


 突然響いた謎の声に、動揺する慎。だが、そんな彼を謎の声――どうやら女性のようだ――がさらに罵倒した。


“動揺してんじゃねーの! このヘナチョコメンタル! 誤魔化すの!”

≪お、おう≫


 毒舌な叱咤に従い、表情を固めて悟られぬよう努力した。不自然にならない程度に視線を巡らせるも、音声の主は視界に入らない。TVのニュースキャスターが吐く言葉ではないし、母親とは声質が異なっている。何より、聴覚で感じ取った音とは違う。そう、まるで……


≪コイツ、直接脳内に……!?≫

“……言うと思ったの”

≪喋ってねぇけどな!≫

“上げ足取って楽しいの?”


 とことん冷たい返事に、しかし慎は喜ばずにはいられない。この会話を母親は気が付いておらず、完全に二人だけで行われているのだ。今朝の出来事は夢ではなく、こうして彼らは慎の所へ来てくれた――


≪楽しいぞ? だって初めてお前と話せたんだもんな。『巫女シスター』?≫

“え、なんでわかったの……?”


 名前を言い当てられた彼女は、毒舌を控えて慎に問う。『Nマスター』は照れくさそうに、こう答えた。


≪Nの女性キャラは三人だ。んで『マーメイド』は薄幸の美女系で『デミエルフ』は口数少ないから余計なこと喋らん。ただの消去法さ≫

“すぐにそれが頭から出てくるなんて……どれだけ私たちに熱中してたの? 馬鹿なの?”

≪ひでぇ言い草! そこは感動するとこだろぉ!?≫

“ワーウレシイノーマスター これでいいの?”

≪露骨な棒読みヤメロ!≫


 箸を止めて、誰にも見えない相手との会話を楽しむ。ただ、夢中になり過ぎたのか母親がこちらを気にしているようにも見えた。今朝の事もあり、怪しんでいるのは間違いない。誤魔化すために食事を進める。やがて、母の意識が逸れたのを見計らって、こっそり問いかけた。


≪なぁ、オフクロには見えてねぇよな……?≫

“……そのはずなの。見えてたら声も聞かれてるの”


 今の対話でも、母親は気にしている様子がない。間違いなく察知していないはずだが、慎の調子を見ていぶかしんでいるようだ。


“正直やりずらいの。続きはどうでもいい時にするの”

≪そうだな。その方がいい≫


 いくらでも一人の時間はある。登校途中の電車や、退屈な授業中でもいいだろう。今ここで無理をする必要は全くない。逸る気持ちを押さえこんで、慎はいつも通りの自分を、しばらくの間演じ続けた。

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