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空白は虚しく疼く

 その日、表面的には何もなく……普段通りの日常にいたはずの彼は終始不機嫌だった。

 慰めになったのは昼間、似たように失った友人だけで……あとはどうにもパッとしない。食事もあまり味がわからず、歩いている時にもどこか上の空だった。通り道で二回ほど人にぶつかってしまい「すみません」と発音することにもなったが、あまり心はこもっていなかったと思う。

そんなぼんやりとした一日を終えた彼は、『天野』の表札の一軒家へたどり着いた。二階建ての立派な一軒家だが、今回ばかりは少し恨めしい。務めていつも通りの調子で、礼司は家の鍵に手をかけた。


「ただいま」


 家の中には誰も居らず、空洞に投げかけた声が響く。

 それもそのはずで、礼司の親は離婚しているので片親なのだ。姉の親権は母が持ち、礼司の親権は父が持っている。研究職の父は昼間仕事で、当然礼司が帰ってくる時には仕事中だ。彼にとってこれも日常である。

 ああ、けれどもなぜだろう。

 いつもよりずっと、空っぽの家が虚しい。亡くなったのはただの電子の塊だ。月や年単位で換算すれば、幾度もなく消滅し生まれていく世界の話。

 そう、きっとこれは世界ソシャゲーが一つ終わるたびに、誰かが味わっている喪失感。礼司は今まで知らなかっただけで、その手番が彼に回ってきただけに過ぎない。


「いや、違うか」


 ソシャゲーだけじゃない。人は自分の身に降りかかったことを大きく捉えてしまうだけ。身近なこと、親しい間柄の人のことでしか、真剣にとらえることが出来ないだけなのだろう。

 それは多くのことに無関心とも言えるけど。

 何もかも気にしていたら、慎の言ってたように何もできなくなってしまう。

 真剣にならなければ、物事は動きなどしないのに。

 真摯になれるのは、手の届く範囲だけなんて。


「はは、どうにも詩人みたいだ」


 元々、礼司には独り言の癖がある。けれども注意する人間は、基本家にはいない。中学生時代に指摘されて、そこで初めて癖に気がついたのだ。

 直すことも考えたが、長年しみついているのか、それとも一人家にいることに耐えきれないのか……ともかく、この癖が抜けることはなかった。

 努めていつも通りの日々を過ごそうと、礼司は日課の掃除を始めた。

 普段よりずっと多い、独り言を呟きながら……


***


 視線。

 視線。視線。視線。視線。

 誰もがこちらを見ている。自分の名前を呼ぶたびに、内心身構えながら彼は過ごした。おぞましく汚らわしい外界の目線に、四六時中嘔吐感がした。


 ……昨日失ったモノと向き合うのが辛く、現実へ彼は今日逃げ出した。

 それを見た母親は感激し、父親は偉ぶっていた。

 ……気持ちが悪い。別にあなた方の行動とは関係ないのに。

 そうして、逃げ出した先にある学び舎は、二限目の時点で去りたくてたまらなかった。

 休み時間の女子どもの会話の中には、何度か自分の名前が紛れていた。

 時折聞こえる笑い声は、きっと自分を嘲っているのだろう。


 ここまで自分を追い込んだ外道たちは、あれほど執着していた自分ではなく、別の獲物を見つけていて絡み付いていた。なぜ、と叫びたかったが、既に疲れ切っていた自分は、それ以上心身を削りたくないと打算して黙り込んだ。

 自分には、居場所がない。

 両親は愛してるとしきりに自分に告げてくる。だからお前もと、言外に押し付けてくるソレに吐き気がした。幼少の頃から……こうなる下地はあった気がする。それが今になって発現しただけだが、何故両親は慌てるのだろう?

 外にいる人々も、みんな自分を眺めて嗤っているようにしか思えなかった。……自分にはわからないのだ。当たり前というモノが、よく。


 それは、今日の体験でもますます強くなった。

 きっと自分が居なくなった空洞が、今日のクラスメイトにとっての日常なのだ。だからそこの席に、人が座っていることに違和感を覚える。

 どうしてなのだろう? 不登校から抜け出したのだから、称賛……は大げさかもしれないが、この選択は間違いなく善いことだ。動機は不純でも、実際に行動に移すまでは大変な葛藤があったし、またイジメを受けるのではないかとの恐怖もあった。

 だが……目にした現実はなんだ? 自分などいなくても世界は周り、日常に紛れ込んだ異物を遠巻きに眺めるだけ……


 最悪だ。今日自分が学んだことは。

 自分なぞいなくても、世界は回る。

 だがら、私などいなくてもいい。

 直接否定の言葉をぶつけられるより、それは深く魂の奥に刻み込まれた。

 だって、一個人に言われたのでなく、

 世界そのものの態度が、自分に突きつけていたのだから。

 ……あるいは、彼らもそうだったのだろうか? 消えていく世界の住人も、こんな風に『いらない』と、無言の宣告を受けて消えていくのだろうか?

 その無念を晴らす機会も与えられず、ただの道具として扱われる。これではただの奴隷じゃないか。現実に存在しえない彼らは、抵抗の手段もなく……


「憎んでるだろうね。彼らはきっと現実ボクたちを」

「ええ、その通りです。あなたと同じように」


 ……闇の中に一段濃い暗黒が混じり、答える。

 絶望と恨みを触媒に、嘆きと狂気を依代にして……『遠藤えんどう のぞむ』の元へ彼らは顕現した。

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