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終わりの続き

 その日、樋口ひぐち まことは憂鬱な朝を迎えた。

 曜日は火曜、陽気は過ごしやすい秋口で、ついでに言うと昨日は、自身にとって最高の日と呼んでも差し支えなかった。興奮で寝つきが悪かったとはいえ、極端な夜更かしをした訳でもない。

 しかし……その少年の顔つきは、まるでこの世の終わりを見たかのような表情だった。


「はぁ~~っ……」


 手にしたスマート・フォンを、手癖でとあるサイトに合わせる。起きて朝食をとる前に、ログインボーナスの回収と、就寝時間で溜まったポイントを消費する日課は≪サイトが見つかりません≫の液晶表示で打ち切られた。

 それは……もう『オルタナティブ・ラグナロク』への、アクセス手段が失われた事を意味する。まだデータは残っているのかもしれないが、サービス終了したゲームでは、いずれ消えてなくなるだろう。

 月単位で誕生や、消滅を繰り返すソーシャル・ネットワーク・ゲームの世界。決して珍しくも、特別でもない事柄だが、ならば今自分の内に生じているこの喪失感も……よくあることの一言で片づけて良い物なのだろうか? じくじくとした痛みが、胸の内側に宿っている。昨日の興奮から醒めた後、未だに続いているものだ。


いずれ時間が解決してくれるものだとは思うが、それも含めて暗鬱な心持ちになる。多くの人に見捨てられた世界でも、自分にとってはかけがえのないモノだった。ただの娯楽と割り切っていたのは最初だけで、徐々にのめり込み、自分で攻略法を探し、情熱のあまり、プレイ中の画面を生放送まで始めた。

人というのは不思議なもので、好きと決めて突き進むと、勢いでとんでもない行動力を発揮する事もある。それだけの時間と情熱を注いだ作品は……もう、二度と触れることができないのだ。共に戦ったキャラクター達とも……二度と、会うことはないのだ。


深くため息を吐く。慎は重い体と心で、まだ夢を見てるような心地で自室の扉を開いた。気分が沈んでいることまでは理解できても、その理由まで親にはわかるまい。適当にごまかすのもつらいが、話すのも億劫な彼は、せめて表情だけでも取り繕ってリビングへ向かった。

 慎がリビングに顔を出しに来た時は、父は既に出立直前だった。

 いつもの時間に、いつもの光景。

 何も変わらない日々が突きつけられる。瞬間、自分が世界から置いていかれるような錯覚を覚えた。不気味なソレをやり過ごそうとしたのだが、


「おはよう慎。……どうしたの? 調子が悪そうだけど」

「あー……まぁ、ちょっと」


 毎日息子を見ている母の目には、彼の些細な異常も目につくらしい。付け焼刃の仮面は、何の役にも立たなかったようだ。伝わらないと諦めた上で、本音をこぼす。


「やってたゲームがさ、もうできなくなっちまって。昨日ちょっと部屋でうるさかったろ?」

「そういえばそうだったわね。でも嬉しそうだったじゃない。 『成し遂げた~! 俺はやったぞ~!!』……って」

「わっ! ちょぉおおっ!? 細かく言わんでくれ恥ずかしい!!」


 あらあら、と苦笑と微笑みが入り混じった笑みを母は浮かべた。確かにうるさくしたのは慎で、リビングにまで聞こえてしまったのは自分のせいなのだが……いざ人に指摘されると顔が赤くなる。しかも広い目で見れば、迷惑をかけたのは慎側だ。あまりとやかく言える義理はない。


「と、ともかく……そのゲームはもう二度とできねぇんだ。最後の最後で上手くいったから、心残りはねぇんだけどさ……」


 今まであったものが失われた喪失感。穴が空いたと言うほど重くはない。が、無くしてからその重みに気がつく類の苦み、心地の悪さ……どうしてもこれは、言葉では伝えきれない。おまけに失ったのはデータの塊で、ほとんどのプレイヤーが無意味としていたユニット群であるならば、消えたところで価値を見いだせないだろう。彼らと共に戦い、情熱を注いでいた彼以外には。

 歯切れの悪い息子の言葉を、母は何も言わずじっと慎を見つめていたが、ぽつりと小さく


「そうね、細かいことはわからない。でも……辛いんでしょう?」

「……まぁ、ね」


 感情だけを言い当てて、それ以降母は何も言わなかった。

 慎としても、これぐらいの距離感は心地いい。わかったフリをされたり、逆にわからないと突き放されるより、ずっと。

 そのまま少年も何も言わず、食事をとる。妙な沈黙が食卓に広がっていて、あまり話やテレビの事柄が頭に入らない。辛うじて覚えているのは、昨日雷が落ちて停電したというニュースぐらいだった。

 感情の鈍さを反映した身体が、朝の準備まで鈍化させている。このままでは普段の電車は間に合わず、下手をすれば遅刻してしまうだろう。母親に急かされて、高校指定のカバンを手に玄関へ向かった。


「いってらっしゃい、サボらないでね」


 慎の返答は声が裏返っていた。

 なぜなら彼は……普段通りに流れる日常が嫌で、どこか遠くに行くことを妄想していた。そんな些細な心情さえも、見事に見透かれた形だったのだから。

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