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気になる初動

 ソシャゲーはいきなり始まらない。種類や会社にもよるが……ソーシャルネットワークゲームの場合、遅くてもサービス開始の一か月前ぐらいから告知が始まる。『これからこんなゲームが出ます』と、宣伝を始めるのだ。この時に『事前登録』も並行して行われ、大手SNSとの連動も始まる。

 この『事前登録』だが、実行したユーザーに特典が付く。ガチャのチケットなり、最高レアのキャラクターなり、初動で有利になるようなモノが配布される。それなりの出費に見えるが、宣伝費用と考えれば安いものだ。

 これもまた、多くのソシャゲーにおけるテンプレート。無数の先人たちが積み重ねた基本的な布石。事前に外部へ出来る事は、思った以上に少ない。

 しかしゲーム運営内部では……ゲームデータの整理やバグ、キャラクターやフレーバーテキスト、シナリオライターとのすり合わせなどなど、やる事が山積みだ。なので事前登録の前評判に、運営は構いきりでいられないが……人間として気になるのもまた当然である。幸いにして、致命的な悪評は喰らっていないらしい。


「事前登録ガチャの動作は軽快だし、前評判は……まぁ及第点でしょうか」

「初動としてはまずまずだな。事前登録のサイトが重いと、ユーザーに『本稼働しても重いんじゃないか?』と不安がられる」

「実際ここで手を抜いているゲームは、本編も作り込みが甘い傾向がありますからね……」


 たかが予告と、たかが宣伝とナメてはいけない。ネットを使った広告効果は、もはやマーケティングの基礎の基礎だが……ここで相手に不信感を持たれようものなら、自分で金を払ってネガティブ・キャンペーンをするようなものだ。ドブに金を捨てるどころの話ではなくなる。あまりパッとしない成果のように見えても――『大きな悪評が無い』時点て、第一の関門は突破したと言えよう。


「さ、思った以上に仕事時間が伸びています。事前に伝えていたとはいえ、一時間もズレるとはね」

「……社会人としてはどうなんだと思うがな、主任?」

「……昼時のピークを避けれたと、前向きに考えて下さい」

「物は言いようだな」


 日本の会社は、一斉に12時に昼休憩に入る。そのせいで、平日12時の外食店やコンビニは、腹を空かせたサラリーマンが殺到する。人気の店は満員御礼で、ゆっくり休む暇もない。飲食店としても、次々と客を回したい思惑と空気があり、はらぺこ社会人も長蛇の列で睨んで来る。こうなれば……食事を終えたらそそくさと、逃げるように退店するしかない。

 しかしこれが、たったの一時間ズレるだけで……店は静かになるのだから不思議なものだ。祝日土日なら人は分散するが、家族連れも来るので結局は混む。平日昼の一時~二時は、許されるなら狙い目の外食時間だ。


「前祝いには早すぎるけど、ひと時の休息にしよう」


 全員がほっと一息ついて、それぞれに仕事をキリの良い所まで進めてから、食事処に向かう。頑張った社会人の自分たちに、ささやかな特権と褒美は必要だ。キリキリ働けと会社は言うが、それだけじゃ人間やってられない。メインプロデューサーとその相棒は、行きつけのカツ丼屋に足を運びつつ駄弁った。


「まずは第一関門突破か。本番はまだこれからだが……」

「初動であからさまにコケるより、ずっといいです。今度は失敗できないですから」


 失敗と口にするが、そこに影は見られない。過去を糧にして、次こそは上手くやって見せるとリベンジに燃えていた。落ち着いた口調の中に、確かな情熱の火が灯っている。その様子を見た相方は、二回ほど肩を叩いて見せた。


「ま、気合を入れるのはいいが、空回りしねぇようにな」

「……すいません。ラグナロクでは、それでやらかしたってのに」

「こだわりを分かってくれる奴もいたが、会社や世間は結果至上主義。ちぃと自分たちの思想に囚われ過ぎていたわな」

「社内のゲーム開発ツールは、基本的に高性能でしたからね……」


 ゲーム開発における落とし穴だ。自分たちが使うIT機器の性能が高すぎて、一般的なスマホや据え置きPC性能と、専用パソコンの差を考慮できない。IT機器の進歩は早く、一年もあれば旧式化する。けれどすべてのユーザーが、高い頻度で買い替える訳でもなければ、高性能モデルの製品を使う訳でもない。

 つまり……開発環境で『問題なく動作するゲーム』だとしても

 一般人が使う旧型や性能の低いスマホでは『何らかの問題が発生したり、動作の重いゲーム』になってしまう。これは大企業のソシャゲーに限らず、いわゆる個人が作るゲームの『同人ゲーム』でも起こり得ると聞いた事がある。


「今回は動作の軽量化に主眼を置いています。まだ前段階ですから、何とも言えませんが」

「さいころを手の中で握っている段階だが、今の所、さいころの方に異常はない……って所かね」

「随分と珍妙なたとえですね……」

「まだ始まってすらいない事柄のたとえが見つからなかった。心配しても仕方ねぇけど、積み上げた時間と金を考えたら、無関心ではいられねぇよな」


 雑談を挟みつつ、ゆったりとした昼食を終えるスタッフたち。ひと時の休息を終えれば、また仕事場に戻らねば。足取りが若干重くなる中、ふと騒音が聞こえて顔を上げる。

 それは彼らの職場が、文字通りの炎上している場面だった。

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