黒幕プロファイリング
演習を終え、井村とその組織から『ソシャゲーキャラが再び暴れている』事実を聞いた三人の若者たちは、すぐに『じゃあ解散しよう』とはならなかった。
連絡先は交換した。もちろん三人の間だけでなく、井村とも報告、連絡、相談か可能な環境下にある。だから立ち去って何の問題も無い。
がしかし――阿蘇少年と樋口慎は、ここで引き下がる精神性をしていない。どちらも危なっかしい面はあるが、ゲームへの思いと正義感は本物だ。
「黒幕は間違いなく『いる』けど……どういう人物像か、オレはよくわかってないッスよね。樋口パイセンは何か知ってるッスか?」
公民館を出て、最寄り駅近くのバーガー・ショップに向かいつつ言葉を交わす。慎も完全に理解した訳じゃないが、その精神性の一端は見えていた。
「俺も相手の顔とか住所とか、詳しい所は全く知らない。でも……そうだな。犯行のやり口を見ると、匿名掲示板サイトに張り付いていそうな感じがする」
ネット環境は一般化し、人同士の交流は恐ろしく多様化した。SNS一つ取っても、複数のサービスが存在する。ましてや『匿名掲示板』だけでは、普通はすぐに『これだ!』と、把握するのは難しいように思える……かもしれない。
が、近年ネット環境は、大きく変わった。動画サイトで伸びた音楽や映像作品から、メジャーデビューに繋がる話も珍しくなくなった。十年、二十年前のネット環境とは異なり、もはやインターネットの大手は、公共の場と変わらない扱いになった。
するとどうなるか……かつては暴言や影口、犯罪の予告なども、適当に放置されていた時期もあったが、それらを原因とする事件などが目につくようになった。こうなるともう、ネットで堂々と悪口は言えない。誹謗中傷と受け取られれば、下手をすれば犯罪者、そうでなくても慰謝料の請求が飛んでくる。軽い気持ちで、暴言を吐く時代は終わったのだ。
ただ、それでもネット環境の中での『風土』がある。企業が広告を打つような場所もあれば、いわばアンダーグラウンドと呼ばれる場所も存在していた。それが――
「匿名掲示板……ッスか。オレはもう世代じゃないから、よくわかんないッス」
「俺もそこまで詳しくはないが……雰囲気とか空気は知ってるつもり」
「……あんまり良くない印象はあるかな。その、暇人の集まりと言うか」
礼司のこの表現は、かなりオブラートに包んでいる。実際の所あの場所は、かなりキツい表現が横行するネット上のスラム街と呼べる場所だ。当然住人のガラも良くないし、となれば人種も限定される。遠慮を知らぬ武蔵少年が、バッサリと切って捨てた。
「もっとはっきり言っていいと思うっすよ。ニートとか底辺層とか……いわゆる『負け組』の集まりっしょ?」
「ちょ、ちょっとは言い方に遠慮した方が……」
「いや、誰に遠慮するッスか? うちら普通の学生ッスよね?」
「う、うん。そうだね」
この場に遠慮すべき相手はいない。あるゲームを好んでいるだけの、普通に勉学に励む学生の集まりだ。少なくても『匿名掲示板』に入り浸る人種ではない。だから配慮する発想が無い。強火の発言に対して、慎はむすっとした表情で言った。
「それを言っちまったら……開始半年も持たずにサ終した『オルタナティブラグナロク』は、失敗作の負け組ゲームになっちまう」
「あ……」
確かに、近年のソシャゲーにおいて……一年生き残るだけでも難しい現状はある。が、それはそれとして『一年も持たないソーシャルゲームは、失敗作だ』と言われたら……否定はできない。自分の発言が何を意味するかを理解した阿蘇少年は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「自分にとっては……楽しいゲームだったッスよ?」
「俺だってそうさ。でなきゃ縛りプレイを生放送したりしない。自己満足なのは分かってるし、何の意味も無かったって言われれば、返す言葉も無いが……」
「……」
武蔵少年の顔が急激に悪くなる。彼には今『ブーメラン』が直撃していた。
自分にとっては~とか、仕方が無かったんだ。そんな風に主張した所で、現実や事実、生じた結果は変わらない。失敗は失敗、弱者は弱者。負け組は負け組と事実を陳列していては――自分が失敗した側、負けた側に回った時、何の反論も許されなくなる。それを無視していては『ダブルスタンダード』――要は自分にとって、都合よく基準や規範を捻じ曲げる、信用のおけない人間と指を指されるだろう。
その事実の指摘もまた、弱者を深く傷つける。口ごもった阿蘇少年に代わり、礼司は話を引き継いだ。
「滅びたゲーム住人の心情と、匿名掲示板の人々の心情は重なる……だから犯人もそこの住人じゃないか? って慎は言いたいんだよね?」
「言語化助かる!」
弱い者同士の傷のなめ合いとも取れるが……不満が爆発して人々に悪意を向ける事件は発生している。阿蘇少年と情報を共有した所で、彼に呼び出された騎士も会話に加わり始めた……