『人間が最強を求める動機は――』
「お前は……『Nマスター』なんてものをやってるから『最強になる』って事に、そこまで執着は薄いタイプか?」
「あー……どうだろ。全く気にしてない訳じゃないかな。真剣にゲームする以上、強キャラや強プレイヤーの対策は必須だし。どっちかと言えば『最強相手にどう立ち回るか』を考えて、突破口を開くのが好き……な感じ」
「最強を目指すより、どう攻略するかを楽しむタイプか」
いざ『最強』云々と問いかけられ、すぐに答えを返せる人間は多くない。ゲームであれ、様々なメディアであれ、優れた実力や能力を評価される場面はあるが……『最強』の単語は、誇張や演出で使われる事が多い。
が、いざ冷静に考えてみると、欠陥や不備が普通に見つかる。完全な『最強』はそうそう見つからないのに、なのに人間はこの単語に惹かれてやまない。特に戦闘描写のある作品群では『この作品内で誰が・何が最強か?』の議論も良く見受けられた。
「まさか……無自覚無双系⁉ 実在していたのか!」
「無双はしてない。ただ試行回数を増やして、良さげな手ごたえを掴んで、運の良いタイミングを祈っていた。そんだけ」
「そ、そうッスか」
「なんで引いてるんだよ……」
今この時代に『最強』を探求している阿蘇少年に、引かれるのは正直釈然としない。一瞬不穏になる空気を察してか、伝説の騎士が『最強』を語った。
「知ってるか? 人間が最強を求める動機は三つある」
若者二人が振り向くと、アーサー王を元としたキャラが微笑みを浮かべていたが、目線だけは据わっていて、何かの信念を伝えようとしている。少年たちは会話をやめ、ブリテンの王の言葉を傾聴した。
「『最強になりたいから、最強ってモノは何なのかを知りたいから』最強を目指す奴
『力を使って支配したいから、誰にも逆らえない状況を欲しているから』最強を目指す奴
『最強になる事で手を出せなくする。何かを守りたいから』最強を目指す奴
――この三つだ」
右手の握りこぶしを突き出し、親指、人差し指、中指の順番に開く。ざっくり内容を噛み砕くに『最強になりたいから』『支配したいから』『守りたいから』の三つが、人が最強を求める動機らしい。ウンウンと頷く阿蘇少年をチラ見してから、王は続けた。
「オレのマスターは分かりやすい『求道型』だ。なりたいからなる、って奴」
「お、おぅ」
「『何かを守りたいから』って理由も、カッコイイヒーローや主人公覚醒イベントである奴!」
「あー……確かによく見るかも」
強大な障害、自分より格上で強い敵に対して……このままでは何かを守れないと歯を食いしばる。もっと強くなりたいと願った物語の主人公が、新たな力に目覚める――
『最強』に至るかはともかく、力を求める経緯としては珍しくない。子供らしい感想に対して、この『守るための最強』は、ある現実に通じると太古の英雄は告げた。
「英雄譚だけじゃない。現代の『核抑止』はコレだろう。最強の兵器を手元に持ってりゃ、国を守れる……って訳だ」
「力を持っているからこそ、下手に手を出せない……か」
最強の力を持っている相手に、進んで喧嘩を売る人間はいないだろう。国や組織であろうと、何らかの驚異的な『力』があれば、リスク無く格下から身を守る事が出来る。力の差があればあるほど、最強に近づけば近づくほど、それは抑止力として機能するだろう。
そして最後の一つ……『支配したいから』は、若く情熱的な二人に理解が難しい物だった。
「支配したいから……ってのは、良く分かんないよアーサー! それって何? 圧制や独裁したい……って事ぉ⁉」
「物騒な言い方だなぁ……」
「その側面もある。他者をコントロールしたい、思い通りに動かしたい……純粋な暴力や戦闘力より、精神や社会、政治的な影響力を欲して……って奴だな。今オレのマスターの言った通りの『独裁者』が代表的だ」
「それって最強なの? やっぱりしっくりこないなぁ」
『最強になりたい』と願う動機が『独裁したい』『影響力が欲しい』というのは、若い彼らにはいまいち分からない。しばらく無言で考えた後、名案とばかりに手を叩いてアーサーは続けた。
「あぁ、そうだ。あとは……影響力を持った奴らに対して、反発したいから最強を欲しがる……ってのもある」
「反発?」
「あっ! アーサー! それって『自由になりたいから』って奴じゃない⁉」
「そっちのが理解しやすいか」
何にも縛られないために、誰にも指図されないために、誰よりも強くなりたい……なるほどこれも想像がつく。真に『最強』であるならば、確かに誰よりも自由と言えよう。
ならばどうして、最初から『自由が欲しいから最強になる』と表現しなかったのか? 若者二人の無言の疑問に、アーサーは説明を続けた。
「『支配したいから』『自由が欲しいから』――この二つの動機は本質的には同じだ。結局誰かが自由に行使すれば、行使される側の誰かが不自由になる。それは遠巻きに『支配されている』『支配している』と言える。どっちに重きを置くか、意識と言い方の問題に過ぎない」
「『最強になりたい』にも、色々あるんだな……」
同じ言葉と主張でも、その内面に大きな差がある。主張を受け止めた慎だが、ふとある事が気になった。
「ところで、アーサーはどうなんだ? それだけ見識あるって事は……アーサーも何か最強を目指す理由があったんだろう?」
何気なく聞いたのだが、ほんの一瞬だけ王の表情が歪む。慎は気になったが、すぐに阿蘇少年が話題に飛びついたので消えてしまった。
「やっぱり、アーサーもなりたいから最強になった……そうッスよね!」
「いいや……オレは『祖国を守りたかった』って理由で、聖剣を引き抜いた。守りたいから最強を求めた」
伝説の勇者が力を欲した理由は、国を脅威から守りたいからだった。意外な回答に、若い二人が食いついた。
「意外だ。最強になりたいからじゃ、無かったのか」
「アーサーカッコイイ!」
「当り前だろ、王様だからな。でも結局、オレは何も……」
「「?」」
覇気がない返答は、暗い影を宿している。二人が口ごもった直後、礼司と井村の演習が終わった。公民館ホールの緊張が解け、井村が最後に、全体に向けて締めの挨拶をしようとしている。慎と武蔵も名を呼ばれ、招集がかかった。
アーサーの態度が気になるが、お喋りの時間は終わってしまった。もう少し詳しく話を聞きたかったが、仕方ない。
かくして阿蘇武蔵との交流を深め、大人たちに現状の一端を見せる事が出来た。
――これが功を奏したと知るのは、次の事変が起きた時である。