問われる覚悟に
キャラクターの召喚枠は限られており、一度に五名までしか実体化できない。引っ込めた後は、すぐに再召喚して空白を埋める……と言う芸当は不可能だ。多くのゲームで採用されている『クールタイム』の概念だ。
強力な攻撃方法や手段を、無制限に使えてしまっては……ゲームがゲームとして成立しなくなる。だから『連続で使用できない』という制約をつける。戦闘にメリハリをつけたり、ゲームバランスを崩壊させないために必要な処置だ。これをつけ忘れていた、調整不足だったせいで、クソゲーと化した作品は多い。
今回の場合は、原理の詳細こそ不明だが……元々がゲームの実体化現象な事と、現実にも『同じ行動を取り続ける事が出来ない』制約はよく見る。
銃器には再装填が、近接打撃武器には耐久力が、刃物には切れ味が、電子機器を用いた攻撃には電力が必要だ。大半の行為には、コストや代償が生じて当然。メンバーの入れ替えにも『しばらく出撃枠を一つ潰してしまう』という欠点があった。
「今は演習だからいいけどよ。実戦だと結構キツい制約じゃねーの?」
演習を見ている者たちからの要望で、一時的に『アーサー・ザ・キング』との戦闘が中断された形だ。図らずとも生じた小休止で『Nマスターと仲間たち』と話す時間が生まれたのだ。勝負に水を差された気分なのか、騎士は不満げな声色で問う。戦闘意欲が残留しているのか、険の強い表情だ。
相手方の質問は、もっともな疑問だろう。一度目の経験を苦々しく思い出しつつ、慎は答えた。
「『入れ替え』なら間が空くけれど『戦闘不能』ならクールタイム無しにキャラを投入できる。あまりいい手じゃないが……」
「んな事言ってる場合じゃない戦況はあるわな。捨て札前提にした戦術は、出来るだけ採用を見送って当然だ。だが出来るのか? いざって時にその覚悟はある訳?」
「――最弱キャラ使って、全員生還の制約まで課していたらムリゲーだって」
「悪い。つまらない質問をした。とっくに覚悟ガンギマリだったか」
古めかしい騎士の風貌で、現代用語を口にされると感情が揺れる。近年のソシャゲー界隈じゃ珍しくないのだが、いざ現実で対面すると面食らう。変になった空気を、剣を振って掃う騎士。ちょうどクールタイムが完了したので、次の三名を召喚した。
「後衛は『タタリ神』! 前衛は『トレンド』爺さんと『マーマン』が担当してくれ!」
巨大な樹木のキャラクターが呼び出され、その背後に古い和服の男性と魚人が降り立つ。天井が高いおかげで、巨体の『トレンド』も問題なく動けそうだ。周囲のギャラリーも湧いている。騎士も同じ意見のようだ
「デカすぎんだろ……」
「はっはっは……でもお手柔らかに頼むよ、騎士君。私はこれでも木偶のぼうなんだ」
「それは……どういう意図のジョークだよ……」
「何一つ隠していないよ? 本当のことさ」
「や、やりづれぇ……」
老人だからなのか、それとも『トレンド』の特性なのか……ペースを乱された騎士だが、咳払いしつつ『マーマン』が槍を構えて前に出た。
「失礼した騎士よ。お喋りはこれぐらいにしよう」
「――おう」
武人の気配に、やっと闘争の空気が漂い始める。生ぬるく気安い雰囲気を吹き飛ばし、戦いの火ぶたが切って落とされた。
切り込むのは黄金の騎士。流れ星のような残像を発しながら、三つ又の槍と火花を散らす。早すぎる斬撃だが、よくぞ『マーマン』は反応したものだ。すぐに脳内会話で『Nマスター』は、他の仲間たちの指揮に入った。
「いく、ぞぉっ!」
マーマンが押される前に巨木が反応した。枝を束ねて腕に変え、騎士の頭上から振り下ろされる。輝く聖剣が弾き飛ばし『巨木の方が』ぐらりと揺らいだ。
普通に考えれば……巨体の『トレンド』の方が押し込めそうだが、そこはゲームによる能力補正だ。最下位と最上位のランク差は、多少の経験や練度だけで覆せるモノではない。太めの枝を一本切り落とされ、巨木のHPが二割ほど削られた。そのまま追撃――と騎士が刃を構えた所で『Nマスター』の指揮力が襲い掛かる。
斬撃で体制を崩した『トレンド』へ、追撃を狙おうとした刹那――木陰の裏から、鋭く槍が突き入れられた。あえて回避を捨てて受け止めるが、思った以上に持っていかれる。巨大な樹木から距離を放され、ふとHPを見ると――『耐久力が徐々に回復している』ではないか。
「自動回復……! くそっ、嫌な連携しやがって!」
「我もいるぞ!」
魚人の槍捌きに混じって、舞い散る木の葉の一部が黒い炎を宿して発火。呪いの炎が、槍術の合間を縫って襲ってくる。威力は大したことないが、これも『能力を下げる』技だ。高い基礎能力を持つ相手であるほど、能力低下は高い影響力を持つ。加えて三体一――普通に考えれば、とっくにフルボッコに出来る状況だが、しかし。
「えぇい! 手数が多い!」
「単騎で凌いでおいてよく言う!」
数的有利は戦術の基本だが、騎士は単独で凌いでいる。むしろ確実に『反撃と殲滅』が可能なだけの能力を、最高レアリティは有している。いくら雑魚が束になろうと、雑兵は一人の英雄になぎ倒されるのがゲームの道理だ。
それを覆す者たち、それを覆す指揮官。最初はただの試合、演習だからと気を抜いていた騎士は――改めて、告げる。
「悪い。正直ナメてた。少し……上げていくぞ!」
演習だからと、相手は最弱の者たちだからと、心のどこかで気を抜いていたSSRは――慢心を捨て、演習の範囲内で攻勢に出る。
――相対した三名が限界ギリギリになるまでの時間は十分。オッサンも十分と判断し、二人の演習はそこで終了となった。