披露される武芸
場に出せる手札の最大数、五名のキャラクターを呼び出した慎は、改めて阿蘇武蔵の出方、戦闘スタイルについて思案を巡らせた。
初手の『マスターごと敵陣に飛び込み、電撃戦を仕掛ける』戦法は、慎には全く頭にない発想だった。あらかじめ礼司から聞いていたものの、まさか演習でも仕掛けてくるとは想定外。空気を読めと非難したい気持ちが湧いたが、すぐに『Nマスター』は考えを改めた。
(奇襲の選択肢としては“アリ”だよなコレ……)
予想外の一撃、奇襲の妙とは『相手に意識させない事』にある。基本キャラクターを呼び出せるようになった人間……あくどい連中の言葉を借りるなら『契約者』の人々は、使役する側なために前線へ出て来ない。現場で指揮するにしても、慎でさえ最前線には出張っていない。戦場が見える位置から仲間に指示を出していた。
なのに、この少年は――全く恐れずに木刀を振りかざした。自分の危険を顧みず、呼び出した騎士と共に最前線へ飛び込んだのである。
しかも、あろうことか――
「あなた本当に普通の人間ですか⁉」
「どこにでもいる中学二年生ッスよ!」
「御冗談を! 学生の剣術ではありませんよ⁉」
鋭く打ち込まれる木刀が『近衛騎士』を攻めている。慎は格闘術に明るくないが、重厚な打撃音は鍛錬無しに出せまい。現に近衛騎士の額は汗に濡れ、圧力を感じている。僅かだがHPゲージも削られており、決して油断はできない。思わぬ伏兵に焦るものの、そちらだけを注視するわけにもいかない。別方面から攻めてくる本命――『アーサー・ザ・キング』の攻勢こそ、最大の脅威なのだから。
「おらァ! 吹っ飛びやがれぇっ!」
伝説の騎士にあるまじき言動で、黄金の剣が『リビングアーマー』を襲う。激烈な斬撃を受け止めるが、吹っ飛ばされる寸前のように見えた。
しかし――どう見ても『押されている』場面にも関わらず、金色の騎士は驚いていた。あまつさえこんなことまで言い出す。
「……よう耐えるわ。お前」
ゲーム内のレアリティ格差は、はっきり言って絶望的な領域にある。最上位レアとそれ以外では、覆しようのない能力差が存在する。もしこれがゲーム内の仕様通りであれば、スキルを使うまでもなく、通常攻撃で蹴散らせたはずだ。
現状の打ち合いでも『リビングアーマー』の耐久は、一割ほど削られている。ほとんど守勢に回っていてこれだが、本来なら瞬殺されていただろう。しばしにらみ合い、アーサーは最弱ランクのキャラに高い評価を下した。
「戦い慣れしている。事件に積極的に絡んで、経験値貯めてたってのは嘘じゃなさそうだ」
「以前の世界の経験値が、やっと還元されただけの事だ」
「それも一つだろうが、相乗効果って奴かね。それに工夫もしているようだな? HPバーが二重に見える。誰かが中に入って操作している……にしては、阿吽の呼吸に過ぎるが」
「模擬戦が終わったら教えてやる」
「はっ! 余裕かましてんじゃねぇ!」
啖呵を切ると同時に騎士が構え、聖剣で突きを放つ。腰を落とした鋭い突撃は閃光の如く体育ホールを駆ける。ミシリと床が軋んで、次の瞬間には漆黒の鎧の懐に入ったかに見えた。
背中から剣が貫通し、致命傷を負わせた……ついムキになって、本気の一撃を喰らわせてしまった。観衆から息を飲む気配が伝わるが、むしろ騎士は震えた。
鎧のつなぎ目から『ゲル状の生命体』が体を伸ばし、胴の一部を持ち上げている。直撃かに見えた刺突を『体を切り離して回避』させていた。もちろん『スライム』は聖剣を避けており、リビングアーマーと共に無傷である。
「そんなのアリかよ⁉」
「油断したようだな……!」
至近距離故に『リビングアーマー』も剣を振る事は出来ない。されど素手なら対応する体術もある。左の拳を騎士の身体に叩きこもうとする。頭を振って避けていたが、剣を引き抜くのが遅れ右頬へ直撃。
ぐらりと体制を崩す騎士だが、立て直しも早かった。追撃を受ける前に受け流し、攻撃に気を取られた相手から騎士剣を奪い返す。返しの水平薙ぎが軽く掠め、黒い鎧が後ろに下がった。
騎士側は落ち着く余裕もない。間合いが離れた途端、今度は『ハーミッド』の補助魔法が飛んでくる。舌打ちし回避に入るが、一発貰うと騎士は苦悶の声を上げた。
「身体が重い……能力低下か!」
純粋なぶつかり合いだけが、キャラクターの強みではない。後方支援で味方を強化したり、敵を弱体化させたりする能力もある。『ハーミッド』は貴重な支援能力持ちの一人で、敵の行動を抑制するのが仕事だ。
魔術をかけた相手を睨み、狙いを定めようとした刹那――凄まじい悪寒が騎士の背に走る。反射的に剣を構えた直後、漆黒の鎧の刃と干渉した。
「うぉっ⁉」
下げられた影響で、互いのステータスの差は縮んでいる。精神的な重圧が重なり、鈍った挙動を見て『リビングアーマー』が連撃を仕掛けた。
「行くぞ――!」
上段から交差させるように、Xの字を描くように剣を振りかざす。流れるように肩を突き出し体当たりを仕掛け、広がるかに見えた間合いを詰めつつ、くるりと体を回して水平に一薙ぎ。受け切りこそしたが、反撃に転じる余裕は騎士に無い。肩で息をしつつ、改めて空洞の鎧を見つめた。
「ほんと……よくやるぜ……!」
「そう言う割には余裕がありそうだが?」
「HPを見りゃそうかもしれねぇがよ、圧力がやべぇっての! 一度流れ持っていかれたら崩されかねん」
決定打は入っていないが、形勢が傾けば押される……油断ならぬと気を張り続けるアーサーだが、ここで演習ならではの事態が起きた。
「いい所で悪いけど……『リビングアーマー』他のメンツもみたいそうだから、交代で」
「む……無粋な観客だ」
「同感だけど、オッサンの事も考えると……な。俺も色々試しておきたい」
どうやら演習を眺める人々の注文が入ったようだ。表情は見えないが、剣を重ねた両者の感情は消化不良。しかし仕方あるまい。この場を提供して下さった、スポンサーの意向に逆らえない。しばし息を整えた後に、別のキャラクターたちがアーサーに襲い掛かった。