招待状
その招待は、三人の若者へ等しく届けられた。
送り主は井村蔵人。現代社会の成人にして、神秘を隠蔽する役割の人間だ。本来であれば現場に出向く役職ではないのだが、偶然にも『現象の当事者』になった事で、状況は変わった。後ろで情報の拡散を防ぐだけでなく、今回の現象『ゲームキャラクターの実体化』及び『キャラクターを使役するプレイヤー』への対処を進めていた。
「そのオッサンが、こんなメッセージを送って来るとはねぇ……」
対話アプリを通じて、樋口慎はしみじみと口にした。
モール事件、美術館の事件を通して、こちらの言い分を信用してくれたのだろうか。メッセージ内容は、自分たちの演習訓練の知らせだ。
今の所、キャラクターを呼び出せる善玉の人間は『樋口慎』と友人の『天野礼司』に加え、隠蔽者のオッサンこと『井村蔵人』の三人。さらに礼司を悪と勘違いして戦闘に吹っ掛けた『阿蘇武蔵』が確認されているとのこと。
全員の予定が空いている二週間後に、公民館の一つを貸し切りにして……キャラクターを使役する者同士による実地演習を行うと言う。腕試しになるから慎は別にいいのだが、彼の仲間たちは納得していないようだ。
“どういう風の吹きまわしですかね、ボス”
≪不満か?≫
“違和感……って感じですかね。だってずっと、井村のオッサンは渋ってたでしょう。こういうの。出来ればボスを巻き込みたくない、手を借りたくない、でも実際人手が足りない……そういう感じでしたよね?”
慎も頷く。今オークが述べたように、オッサンは慎が絡んでいく事を、快く思っていない空気を醸し出していた。そのオッサンから、自分たちを巻き込んで演習を提案? 慎や仲間たちが警戒するのも、当然だろう。
彼らの持った疑問を解決したのは、ローブ姿の魔法使い『ハーミッド』だった。
“訓練も目的なのでしょうが……ミスター井村の目的は演習の方かもしれません”
≪どういうことだ? 訓練とセットなら同じことじゃ……≫
“演習には、周囲の人間へ見せる意味合いもあります。推察ですが、井村の上司に当たる人々へ『今起きている現象』を、その眼で確かめさせたいのでは?”
この前話した巫女さんのような人たちに、今起きている現象を把握してもらう……確かに横山さんと話して、彼女や慎の理解は深まったと思う。井村のオッサンの上司が彼女だけとも思えないし、一人一人話していては手間。かといって、文章だけで伝えても不十分。だから訓練演習を実施して、お偉いさん方にも状況を伝える……それが演習の意味か。
≪あー……そういや井村のオッサン、本当は現場の人間じゃないって言ってたもんな。上の人に説得力を持たせたり、実績作りとかもあるのかね≫
“いわゆる政治の分野なの。マスターは……あまり関係ない所かも?”
“うーん……あまり深く考えず、マスター君は対戦を楽しめばいいんじゃないかなぁ?”
“クウキを ヨみつつ タノしみましょう”
オッサン側の都合が強めだが……それはそれとして、慎は心躍る部分もある。なんだかんだで彼は、まだまだ高校生のゲーマーだ。他プレイヤーと対戦の機会があれば、是非真剣勝負を挑みたい。今までは事件への対処や、必要な訓練だったが……久々の『純粋な対戦会』となれば、全力で楽しませてもらおう。
≪久々に礼司とガチバトルするのも悪くねぇ。オルタナティブラグナロクだと……対戦って言っても、所詮登録したデータだからな。やっぱ生の駆け引きこそ、対人戦の醍醐味よ!≫
ゲームにおいて、対人戦の需要は非常に大きい。何を隠そうゲームの元祖は……ものすごく雑な表現をするなら『ブロック崩しの棒を互いに操作して、球体を打ち合う対戦ゲーム』だったりする。当時はプログラミングの問題もあったが、現代でも対戦ゲームは減っていないどころか、十分に成立している。
どれだけAIが高度になろうが、コンピューター相手の対戦だと……いくつかのパターンで組まれているだけ。一方、人間が対戦相手の場合は、独特なブレや歪み、読み合いやプレッシャーが発生する。
一対一の対戦形式、格闘ゲームの場合は特に顕著だろう。相手プレイヤーの攻め手を読み、こちらの攻撃を通す。互いのキャラクター相性、相手の性格などの要素もあるが、一番は反応速度や読みが、ダイレクトに反映される点が大きい。派手なエフェクトと連続コンボは配信映えもするし、運が良ければ元大会勢とも対戦できる場合もある。
格闘ゲームに限った話ではない。銃撃戦を題材にしたFPS・TPSや、今は少し下火気味だが『バトルロワイヤル』形式のゲーム、パズルにシュミレーションに至るまで、対戦の需要は常にあるのだ。一人プレイ専用のゲームでさえ、クリアまでのタイムを競うRTA……『リアル・タイム・アタック』が競技めいた盛り上がりを見せている面も存在する。人間は間違いなく、他者との闘争を求める生き物なのだ。
久々の『対戦会』の機会に、樋口慎は獰猛な笑みを浮かべて呟く。
≪最近、後ろ暗い事件ばっかだし……久々に暴れさせて貰おうかね≫
“たまには何も考えずにバトりてぇよな!”
“ふっ、懐かしい感覚だ”
“……いざとなったら、私を頼って”
意気揚々と声を上げる仲間たちと『Nマスター』達。真剣勝負もいいが、気楽な対戦会もたまにはしたい。まだ見ぬ相手……礼司と戦った新たな人物との対戦に、英気を養い備えていた。