演習の必要性
「ちょっと体動かしません? 長話ばっかじゃ飽きるっしょ」
「お前なぁ……」
不器用な気遣いに、井村はどう答えれば良いか分からない。呆れはするが、武蔵少年の性根は悪では無かろう。元々、動画として発見された事件のきっかけも……『美術館に犯人が戻って来る』可能性を考慮し、張り込んで自警団のような活動を行っていた。
方向性こそ過ちだが、中学二年生に正しい判断を求める方が酷だろう。まだ完全に信用を得られていないが、同時に暴走する気配もない。武蔵少年は大丈夫そうだ……と思った矢先、とんでもない事を提案した。
「そうッスねぇ……互いの実力を確かめるためにも、自分と模擬戦どうッスか?」
「……はい?」
前言撤回。やはり子供か。どこぞの少年漫画のノリで提案されても、大人の井村は引くしかない。否定の言葉を投げる前に、隣の騎士が手を叩いた。
「いいねぇ! 話しだけじゃ分かんねぇ事もある。やっぱ闘争の中にこそ本音が出るってもんさ」
「あ、あのなぁ……俺は守る側であって、かき乱す側じゃねぇんだよ。派手に戦闘したら、俺が上に詰められちまう」
「でも井村さん。その上の人たちって……井村さんの苦労、どこまで分かってくれます? 荒事に対応するのは井村さんでしょ? なのに訓練や鍛錬はしないッスか? 敵に不意を突かれたらマズいッスよ」
思わぬ反論に井村は唸った。武蔵少年の言い分は一理ある。
現状、井村が所属する組織の上層は……現場対応力を当てにできない。それが無いから別部門の井村が、現場に引っ張り出されているのだ。後始末や事後処理、情報隠蔽面は問題ないが……事件が起きた時、初期対応がほとんど不可能な状態と言えた。
現に『モール襲撃事件』『美術館集団錯乱事件』……そして美術館事件の手前で起きていた『怪盗騒動』でも、井村はことごとく後手に回っている。しかも現場を鎮圧に成功した要素の一因は、今回の『キャラクター実体化現象』での善玉、樋口慎こと『Nマスター』の活躍も無視できない。一考しつつも、やんわり否定的に答えた。
「少なくても、今すぐはダメだ。だが……訓練は必要かもしれんな。お前は何かやってんの?」
「素振りと筋トレ! 柔道部でのメニュー増加! あとは、アーサーに稽古をつけて貰っているッス! 他にも『現界突破』のため、アーサーに関わる伝説やゲームを探したり、色々現実を楽しんだりしているッス!」
「げ、現……?」
「あ、サーセン! まーた自分語りしちまったよ……」
突然放たれた『現界突破』の単語に、井村は困惑を深める。若者言葉が大量に含まれており、頭に入れるまで時間がかかったが……内容は以下の通りだ。
こちらに召喚されたキャラクターは、ゲーム的内容や制約から解放されており……現実での経験や『友情パワー』によって、さらなる成長や進化が可能な事。
阿蘇武蔵の下に来た『アーサー・ザ・キング』は――『元ネタであるアーサー王伝説及び、アーサー王やエクスカリバーが絡んでいる作品から、技能や能力をスキルとして発現できる状態』な事。
これを『現界突破』と名付けた事。同じ話を『機械使いのマスター』相手にも語っており、そちらも善玉で間違いないと断言していた。
(機械のマスターは樋口が応対している。なんか心当たりがあると匂わせていたし……まぁ大丈夫そうか。それより問題なのは――)
キャラクターの進化と成長……現段階でさえ対応が後手だと言うのに、これ以上の事態に発展すると? がっくりとうな垂れる井村へ、隣に座ったジャヒーが頭を撫でた。
子供なりに、大人を労る手つき……確か自分の娘が同じぐらいの年に、近い事があった気がする。頬が緩みかけたが、目の前の少年と騎士の視線に慌てて顔を引き締めた。
その様子を見て――少年は不思議と真っすぐな目線で頷いた。
「なるほど……そういう現界突破もあるッスねぇ……」
「何を分かったような顔してやがる」
「いやいや、何も分かんねぇッスけど、でも井村さんは……間違いなくキャラを道具扱いしてないッスから。なら、きっと井村さんは信用できる人ッス!」
「……そんなに『キャラの道具扱い』は、お前らのゲーマーの逆鱗に触れるモンか?」
「ゲーマーだからっつーよりは、一緒にいた相棒を道具扱いはねぇだろ! って怒り方ッスね」
この感覚は、井村にはいまいち理解しがたい物だ。しかし『Nマスター』も近い内容の発言をしており、他にキャラを呼び出した者たちも……多くの人物が、呼び出したキャラへ強い感情を抱いている節がある。ついジャヒーにも目を合わせると、少女の表情は特に変わらない。そう言えば井村も、適当に指示を出し、頼ってこそいるが、道具扱いはしていない気がする。
ここまでの事態が起きたにも関わらず、細かな原理は不明のままの『ゲームキャラの実体化現象』……武蔵少年の主張にもあったが、後手後手の対処は確かに問題だ。
ここは一つ、上の奴らに現状を理解させつつ……この少年が言う所の『訓練』も視野に入れるべきか。しばし考え込んだ後に、井村は少年に質問した。
「なぁ武蔵、予定の無い日付を教えてくれないか?」
「いいッスけど……どうするつもりッスか?」
「お前の言い分には、俺としても頷ける所がある。上が現状を分かってねぇってのもあるし、訓練が必要なのも感じる。だからよ。デモンストレーションじゃ無いが……俺の知っている『プレイヤー』達を集めて、お偉いさん方に状況を理解してもらう会を開くのさ。訓練戦闘と称してな」