父と王
基本、阿蘇武蔵は己の感情に、直情的に従うタイプの人間だ。
まだ若く、経験が浅いから……と大人は思うかもしれない。しかし現代はネットにアクセスする手段が豊富であり、そこから湯水のように、清濁あわせて大量の情報が流れ込んでくる時代だ。今の大人たちが過ごした時代とは、全く状況が異なる。中学生の段階で、異常なほど拗らせたり、歪んだ思想に目覚めていたり、逆に――大人顔負けの知識や技術を持つ者さえいる。そんな中で武蔵は、大人たちの世代でも分かりやすい気質をしていた。
「あの……スンマセン。自分、何か井村さんの地雷踏みました?」
直情的で熱量を持つ少年。故に、武蔵は相手の感情に敏感な所があった。真剣に『最強を目指す』ために鍛錬を重ねたからか? 一瞬歪んだ井村の表情を機敏に感じ取り、様子を伺うように武蔵は質問する。突然の敬語に戸惑う井村は、くたびれた様子で答えた。
「……ちと堪える言い回しだったのは確かだな。何せ俺の仕事は、遠巻きに国を守る役目だ」
「あ……」
突然目の前の人物――井村からコンタクトを受け、阿蘇武蔵は応じた。内容は『ゲームキャラクターについて』……そして『悪用するなら制裁する』と強い文言で書かれていた。
すぐに阿蘇武蔵は返信を送り、今日の会談に臨んだ。事件の話題になる前に、仕事の概要も聞いていたのに――相手の立場も忘れて『頼りない』は失言だろう。
「スンマセン。ゲームキャラが傍にいるから……てっきり井村さんもこっち側だと」
「……それは違う。俺はゲームに熱中してない。ただ……俺の界隈に、キャラクターが傍にいる奴が俺しかいなかった。おかげで部門が違うのに実働側にも回されたよ。俺の本当の仕事は……いわゆる情報や印象操作側さ。お前の言う所の『頼りない大人』の姿かもしれんな」
「……」
自嘲気味に笑う井村は、けれど間違いなくこの国の守り人の姿でもある。でなければ、わざわざ武蔵の前に現れて釘を刺さないだろう。自分の知らない世界のだけれど、クソ野郎と比較すればかなり良い人の方だ。慌ててもう一度、武蔵はガッツリ土下座した。
「いや、ホントに迂闊だったッス……! 自分が知らないだけで、頑張っている人もいるッスよね!」
「…………そ、そうだな」
何故か痛々しい表情で、顔を伏せる井村。イマイチすっきりしない態度だけれど、嘘をついている気配はない。またしても何か地雷を踏んだのか? 露骨すぎるが、話題を逸らそうと武蔵はゲームキャラクターの少女へ声をかけた。
「ジャヒーちゃんも、井村さんを手伝っているッスよね?」
「うん。色々とね。パパも大変な事が多くて――」
「ジャヒー! ストップ!」
またしても、何かトラブルの素を踏んだらしい。慌てて止めに入る井村だが、武蔵はバッチリ聞いてしまった。
少年は目を丸くして……いい年のオッサンと褐色少女を交互に見やる。少女は井村が止めた理由が分からずキョトンとして、一方の井村は恐ろしく気まずそうだ。慎重に言葉を選びつつ、それでも武蔵は尋ねずにいられない。
「パパて……あの、大丈夫? 色々と」
「? 何が?」
「何がって……あれ、ジャヒーってこういうキャラだっけ……?」
何の疑問もない少女の姿に、武蔵少年は混乱した。昨今のソシャゲーにおいて、キャラクターがプレイヤーを呼ぶ時の名称は、多様化している。声優を採用している都合上、一人一人のプレイヤーネームを読み上げるのは不可能。そうなると何とかして、プレイヤーの立場を呼ばせるしか無くなる訳だ。
が、これも難しい。多数のキャラを要するソシャゲーにおいて、全員が『全く呼称が同じ』では違和感が出てくる。そのため、キャラクター事に濃すぎる設定が盛られ、個性を出そうと無茶苦茶な愛称で、プレイヤーを呼ぶ事もままある。
なので――少女の姿のキャラクターが、プレイヤーを『パパ』と呼ぶ可能性もゼロではない。どう判断した物か……アーサーに目線で問いかけると、金髪緑目の騎士は神妙な表情で井村を見ていた。
あまり少年に見せない表情……一人の大人としての顔に、真剣な気配を察した武蔵。ジャヒーとの会話を中断して『アーサー・ザ・キング』の言葉を待つ。武蔵にだけ分かるように、軽く肘てついてから彼は言葉を切り出した。
「井村さんよ……なんか、アンタ他人の気がしないね」
「あん? 急に何言い出す?」
「井村さんはオレの元ネタ知ってる?」
「ほとんど知らん。すまんな」
「そうかい……じゃあ、一人の時に調べてみてくれ。オレのマスターやお嬢さん相手だと、話しづらいだろうからな」
「もう少し話せる範囲で、具体的に言ってくれよ」
「……オレは、自分の息子と殺し合うハメになったんだよ」
井村は一瞬固まり、アーサーがもう一度神妙に頷いた。二人の間には、何か通じ合う事項があるのだろうか。武蔵は『アーサー王伝説』の内容を想起した。
元ネタの終盤にて、アーサー王の息子『モルドレッド』は、アーサーの王国へ反旗を翻す。そして王とその息子は直接殺し合い、ほぼ同士討ちに近い形になる。息子は死亡、王は瀕死、そして物語は最後の場面、聖剣を手にした湖へ向かうのだ。
かくして……王の臣下が湖の妖精に聖剣を返す事で、アーサー王伝説は終幕を迎える。以前発動したスキル――『返還と共に終わる伝説』の元ネタはこれだ。
まだ子供の武蔵には分からないが、ジャヒーは井村を父親と慕い、アーサーは父として失敗している。その二人で通じ合う要素があるのならば、井村は何らかの……
気づいた途端、空気が異様に重くなった。自分には想像できない、大人としての失敗。鬱屈したこの空気を吹き飛ばすように、武蔵が提案した事とは――