「真面目に最強を目指している人が、こそこそ闇討ちする?」
「滅びたソシャゲーから飛び出して、当時の運営スタッフの前に現れて……魔法めいた何かで襲撃した――って事が、三日前にあったらしい。お前関わってねぇだろうな? 阿蘇武蔵?」
井村蔵人は隣に『ジャヒー』を座らせ、ある駅のフードコートで中学二年生と対面する。相手側は学生服、井村はいわゆるアロハシャツを着用。ちゃんとしたスーツも考えたが、面倒くさいのでやめた。事前情報で、話が通じる手合いとの情報もある。故に比較的ラフな格好だ。
幸い――学生の阿蘇武蔵、その隣にいる人物も軽装だ。青のジーンズに、ややの色落ちた茶色の革ジャンパーを着用。金髪と緑色の瞳も相まって、如何にもヨーロッパ、アメリカ圏の人間と分かる。南国のジャヒーとは、まるで別の世界の住人のようだが……その実、この二人は『同郷』だったりする。特に言葉を交わしはしないが、意識しているのか視線は時折絡んでいた。
二人のキャラクターを脇に、現実の二人は会話を続けている。
「その日は自分の家で、木刀百回素振りしてたんでアリバイがあるッス!」
「……アリバイとは第三者から証明できるものなんだが。何かあるか?」
「うーん……今までは五十だったところを、負荷を上げて百にしたんで……ほら! 手にマメが沢山できたのが証拠ッス!」
自慢するように、井村の前に両手を見せる少年。指の根っこの四か所、それが両手で八か所分、潰れたマメが痛々しく主張していた。
井村は頭を抱えた。そういう事ではない。確かに、因果関係に矛盾は無いように思えるが、かといって『三日前』の証明になってない。
他にも……なんだ? 木刀を振ってマメが出来た? 二十一世紀のこのご時世に、真剣に修行でもしていたと? くたびれた大人の混乱を見抜いたのか、隣の金髪男が苦笑した。
「木刀と言っても、普通の木刀や竹刀じゃねぇぜ? この国の……刀だったか。それらと同じ重量配分のブツをだ」
「何のためにそんなモノを……」
「最強になるためッス!」
「………………そ、そうか」
何の悪い冗談か、からかわれているのか? そんな邪推を吹き飛ばすのは、無邪気に輝く阿蘇少年の眼差し。本気で『最強を目指している』らしく、本物の剣を振る練習もその一環だと? 大人の井村には……いや、今回に限っては、現代に生きる誰もが理解に苦しむ内容と信じたい。筋肉を鍛える行為、いわゆる筋トレの範疇を明らかに超えている。何が少年を駆り立てるのか……ただ、本気な事は間違いない。
隣にいるキャラクター『ジャヒー』も呆れている。けれど彼女は、井村に対して有益な助言をした。
「ねぇパパ。こんな……えぇと、真面目に最強を目指している人が、こそこそ闇討ちする?」
「あー……あぁ、うん。ねぇな」
馬鹿馬鹿しい主張だが、最強を目指して素振りするのは筋が通る。口だけ強さを求める奴と比較すれば、地道な鍛錬で一歩ずつ近づいている。井村が質問をかけるまでも無く、少年は堂々と言い返した。
「んな事している暇があるなら、最強になるために体を鍛えたり、最強になるための方法を探したいッスよ!」
「分かった。お前が最強について、真摯に向き合っている事はよく分かった。事件の黒幕の気質とお前は真逆。正直犯人と疑うのがアホらしくなっちまった」
「犯人? 犯人って何ッスか?」
「この手の輩は……健全な方向性をしていない。真面目に最強目指して素振り百回なんかやらない。行動より文句が先だろう」
「いや、だから犯人って?」
どうしてこうも、こいつらは自分から関わりたがるのだ? 無鉄砲な若者を巻き込むのは忍びないが……黙っていると、目の前の阿蘇少年は暴走しかねない。今までも『Nマスター』に振り回されてきた井村だが、彼――樋口慎はマシな方だったのだと、今更ながら知覚した。しばらく無言で睨んだ井村だが、阿蘇少年と隣のキャラに見つめ返され、観念した様子でゲロった。
「まだ確定情報じゃねぇが……美術館集団錯乱事件、モール襲撃事件で、裏でコソコソ糸を引いてた奴がいる。今回の騒動――『ソシャゲーの亡霊』の出没も、ソイツの仕業じゃねぇかって――」
「あっっっんのっ! クソ野郎の事ッスよね⁉ キャラを道具にするなんて……マジ許せねぇッスよ!」
「顔とか割れてんのか? マスターもオレも我慢がならねぇ。絶対にブチのめして――」
「待て待て待て! なんでお前ら血気盛んなんだよ⁉ 気持ちはありがてぇが、ここは大人に任せて――」
「いや任せらねぇッスよ! 全然頼れないじゃないッスか! この国の大人って!」
「は?」
井村としては聞き捨てならない。一般に知られぬよう、この世ならざるモノを隠すのが仕事だ。自分は間違いなく、この世界を維持する人間の一人。その相手に『頼りない』とは、どういう了見か。本題に入る前に、少年に向けて自己紹介したはずなのだが……
棘のある一言に対して、阿蘇少年は怯まずに食ってかかった。
「だって……大人って子供に対して言う事を聞けって偉そうな割に、いざ自分が責任取る番になったらすぐダンマリ決め込むじゃないッスか。だったら、俺達だって大人に頼らず頑張って、自分の考えて生きていくッスよ」
「…………」
中学生からの生意気なドストレートが、くたびれたオッサンに突き刺さる。確かに……結果ばかり見て過程を見ず、責任問題と言いながら、その実責任逃れの論法でお偉いさん方が動く昨今だ。そのザマを見て……若い世代が大人を見限る事に、何の不思議があるのだろうか。
ここで大人だからだと力押しする事も出来なくはない。仕事人としては、恐らくそれが最善の答えなのだろう。
されど井村には出来なかった。
阿蘇少年一言は――井村の古傷を、知らず知らずに抉っていた。