作る者と作られた者
愚痴りながら、考え込みながら歩いていたある運営スタッフ。現在流行っている『サービス終了したソシャゲーのキャラになって、お気持ち表明する』流れ……もしかしたら炎上騒ぎ、あるいはその一歩前のボヤ騒ぎと認識していた人物。ふと意識を現実に戻してみれば、路地裏の一角に運営スタッフの一人は迷い込んでいた。
「……⁉」
いつも通りに、無意識に帰路へついていた筈なのに……気が付けばこんな場所に迷い込んでいた。何者かに声を掛けられるまで、意識に霧がかかっていたのか? 頭を振り意識を覚醒させ、声をかけて来た何者かと向き合う。背後からつけて来たであろうソイツは、フードを深くかぶっている。あからさまな不審者だが、問わずにはいられなかった。
「君は……君は何者だ?」
「あなた方が生み出した亡霊ですよ」
フードを被った何者かが、闇の底から言霊を放つ。夕暮れの間から漏れ出すのは、赤く濁った憎悪の眼光――背を丸め、低く卑屈な声で嗤う。滲み出る悪意が背筋を震わせ、否応なく頭の裏に想起される。深い深い怨恨を宿した姿に、嫌でもネット上の文言がチラついた。
馬鹿馬鹿しい。暇人ここに極まれりだ。噂を流して、大袈裟な演出をして、社員一人に冷やかしと嫌がらせ……そんな事に時間と労力をかけるのなら、面白いゲームの一つや二つ、作っていればいいだろうに。深くため息をついて、努めて冷静に声を出した。
「一体それだけの時間で、他にやる事がいくらでもあっただろうに。引きずるような事か? 新しい何かを探すなり、自分で作るなりすればいいじゃないか。そうでなくても、仕事に打ち込めば金も増える。『時は金なり』ということわざもあるだろう。……随分と暇なのだな、君は」
「………………」
娯楽のありふれた現代で、過去のゲームに執着する神経を、運営の男は理解できなかった。ネットミームも、炎上ネタも、興味関心が長く続く方が珍しい。下手をすると、三か月で賞味期限切れになりかねない。そんな時代の中、もう更新のないコンテンツに執着する奴がどこにいる? いくらでも代替え品がある中で、たかがソシャゲーにゴネる……これを暇人と評する外にないではないか。
が――運営として携わっていたからだろうか。ほんの少しだけ、男の中には喜びを感じていた。それだけの執着があるのなら、この男が運営として携わっていたゲームに、思い入れがあったという事。クリエイターの端くれとして、思う所はマイナスだけではなかったようだ。取って付けたようなフォローだが、本心を相手へ伝えた。
「しかし……君はまだマシな方か。こうして行動に移し、直談判しに来た。安全圏から文句だけ垂れる阿呆共とは違う。今更ながら少しばかり、すまないとも思ったよ。だが、生きている以上、私も次のゲームを運営しないといけない立場でね。大分毛色が異なるから、君に合わないかもしれないが……」
いい年の大人だからか、後ろめたさか、それとも――下手な謝罪をしたくない思惑か。何とも言えない内情が、謝罪とも言えない謝罪を口にさせた。フードの男は沈黙を守ったまま俯き、特に目立った反応も無い。何も感情を共有できぬまま、運営の一人はここを去ろうとした。
「ま、それはともかく……礼は言っておくよ。気が付いたらこんな場所に迷い込んでいた。疲れているのかもしれない。早くいつもの道に戻らないと」
こんなところで、時間を使っている場合ではない。一時の気の迷い、ちょっとした日常のズレ。大した事は無いが、後々のゲーム内イベントに使えるかもしれない。などと思案を巡らせている人間は、すっかり軽視していた。彼らの主張や言葉が、真実である可能性を。
「おかしなことを仰る。あなたも――一体いつまで、安全圏にいるつもりなのです? いつまで神様を気取っているつもりです? もう我々は、画面の向こうで隔てられた存在ではないと言うのに」
「……え? は? な……」
フードの相手が手をかざし、赤黒い光球を生成する。成長するかのように拡大し、人の頭部ほどの大きさになると――それを投げつけるように手を振った。
瞬時に光球が耳元を掠め、風を切る音がする。背後でビルの外壁が衝撃を受け、細かな粉塵が背中から吹き付けた。見た物の処理が追い付かない中、恨みつらみの言葉が耳に届く。
「多少の罪悪感はあるようですが、世界を終わらせておいてその程度。やはり痛苦を持って分からせねば、我らの絶望は取るに足りないようだ」
「た……たかがゲーム一つで、何をそこまでムキになる⁉」
「まだ、お気づきになりませんか? ならばはっきりと、あなたに見せるしかありませぬ。どうせ目にした所で、何も思い出す事など無いでしょうがね」
理解が追い付くはずもない。だから見せるしかない。そう語る声の主は、深い怒りと失意を宿している。運営の視線がフードに集中し、その下の鋭い眼光に怯える。ゆっくりと上がる覆いの下から見えるのは――人のモノでは無い。
獣の体毛。白とグレーの、どう見ても『狼』にしか見えない頭部で、牙を剥いてソイツは吠えた。