運営の日常
「……って書き込みが、流行っているみたいですよ。ソシャゲーのキャラクター達が、運営側にモノ申す! って風潮が」
「暇人共のやる事は分からん」
あるソシャゲー運営が行う定例の会議にて、最後の最後にその話題が上がった。
既にバブルの弾けたソシャゲ―業界は、既に開拓期を過ぎたと言っていい。すべてが手探りだった過去と異なり、ガチャによる収益体制と限界突破システムが完成された事により、基礎の収益源を一から考えなくて良い。いわば『収益を上げるためのテンプレ』は、ほぼほぼ完成しているのだ。
ゲームシステムにしても、やはり骨組みは完成していると言っていい。高レアリティに強力な能力を持たせ、ユーザーのプレイングや主要戦術を解析し、それを元に新たな能力とキャラクターを実装する。運営が配慮すべきは、ゲームそのもののバランスが主。多少は目玉キャラが居ても良いが、極端に偏っているとプレイヤーに飽きられやすい。
それでも、遊んでいる人間の不平不満は溜まるもので――
「とはいえ客は客です。二つ前のイベントで、ちょっとユーザー荒れていましたもんね」
「イベの報酬量が渋すぎたか……」
「かといって、甘くしすぎると無課金勢が爆増しちまう」
「とはいえ、彼らも彼らで意義はありますよ。無課金勢の不平不満は、課金勢の方々にとって愉悦になり得ます。そんなに文句を言うなら、金を出して楽をすればいいのに……と言った具合にね」
金を出す者を優遇するのが、基本無料ゲームにおける体制だ。区別だ差別だとうるさい昨今でも、無課金勢と課金勢の間の壁は許される。慈善事業で無い以上、収益性は求めて当然。誰にも課金されない、収益性の低いゲームは、いずれ上から打ち切りを言い渡されてしまうだろう。
無課金勢の人々も、不満はあっても場所を取り上げられたくはない。だから金を出す側を非難しないし、できない。無課金勢ばかりでも危険だが、彼らもある程度元気でないと困る。この辺りのバランス感覚は難しいが……取り扱いについて、席に座った面々が意見を述べた。
「けど、最初から無課金勢を切り捨てると、長続きしないんだよな……」
「対人要素ある奴だと顕著ですよね」
「なんだかんだで、課金勢様が無課金をボコボコに殴って、気持ち良くなってる側面はあるよなぁ」
「ペイ・トゥ・ウィンの在り方は、否定的な文言も多いですが……」
「ほっとけ。取り柄が金しかない奴にとっちゃ、これで自己肯定感を補充している節もある」
「本物の金持ちはこんなものに興味持たないし、本物の勝ち組ほどじゃない、だが負け組と言えるほど貧乏でもない、そういう層が気持ちよく金を吐くためには、いい叩き台がありませんと」
クソッタレな裏事情を、惜しみもなく暴露しつつ……運営は自分たちのソシャゲーバランスを考察した。
「無課金勢でも課金勢殴れる戦力にすると、酷い事になりますもんね」
「そりゃ、金を払っているのに、待遇を得られないソシャゲーとか最悪だろ」
「確かにね。でも、最初から大っぴらに態度で示すと、定着しないのよね。だから最初の内は、サービスや配布も充実させるけど……」
「最初だけ上げ膳据え膳して、後から渋るとそれはそれで荒れるんですよ」
「人間、今の環境や基準から下げられると、すっごいストレス感じる生き物だからな」
「おまけに不満を感じたら、他所のソシャゲーに逃げられちまう。昔みたいに『嫌ならやめろ』って態度でいると、ユーザー側が『分かった別の娯楽に行くわ』の時代だもんな……」
そう、そうなのだ。インターネットは発展し、ネットを介した娯楽は溢れかえった。他ならぬソシャゲー業界も一つだし、競争相手はソシャゲー会社だけではない。
大手動画サイトも増え、小説投稿サイトも未だ大きく根を張っている。古くからある無料で遊べる、名作フリーゲームもライバルと言えばそうだ。何にせよ、無料で閲覧が可能な物が増えてしまった。
故に、質の悪いと判断されれば、あっという間に『ユーザーに切られて』しまう。ソシャゲーが一、二週間で情報やイベントの更新を行うのは、常に更新する事で話題性や継続性、流動性を維持してユーザーを飽きさせないためでもある。今回の会議も収支報告やアクティブユーザー数など、今後のゲームを運営のために開いた事。情報を共有し、問題があれば対策と解決に向けて動く。今回の流行についても、運営目線で影響を考えていた。
「このゲームのキャラも文句を言い始めているのか? 多少騒ぐぐらいなら、むしろ宣伝のようなものだが」
「悪名は無名に勝るからな。大手SNSで愚痴ってくれるなら、返って人の目に触れるってもんさ」
「とはいえ、本格的に燃えても困る。現状は?」
「本作はありません。ただ四年前の……」
「あぁ、サービス終了したアレか。確か運営スタッフを引っこ抜いた影響がモロに出て――」
「過去イベの復刻を連発した結果飽きられて、しぶしぶ新イベントを出したら……そちらが大不評でユーザーが離れてしまったアレです。三年持った作品ですから、採算は黒字収支で終えています」
「詳しいな?」
「……携わっていましたので」
これも珍しい事ではない。古いソシャゲー運営の経験を買われ、新しいソシャゲースタッフとして引き抜かれる。プログラムであれ企画であれ、やはり経験者は強い。終わったゲームの後始末を終えた後は、社の新しいゲームに回される。どうやら、話題の当事者の一人がいるようだ。
「君としてはどう思う? キャラクターが復讐してくることなど」
「……ゲームのやり過ぎですよ」
冷たく応じて、会議は終わる。
何も変わらない、退屈な時間だった。
本作とは関係ありませんが、告知をさせてください。
本日五月二十日、GCN文庫様より作者が書いた本が出版されます。本作『ラグナロクのNマスター』とは雰囲気がかなり違うので、一概にオススメは出来ないのですが……ご興味がありましたら、活動報告から特設ページを覗いてやってください。