反省
「……って事で、お前オッサンに認知されちまったぞ?」
「う……ご、ごめん。やむを得ない事情があったんだ」
いつもの天野家にて、美術館に出没したロボット使い――天野礼司が気まずそうに頬を掻く。実体化済みの礼司のキャラクター達の一人、最高ランクの『エクスマキナ』も一瞬で目を背けた。彼女は映像の中で、上空に向けて特殊な弾丸を放っている。何もかもを抹消する弾頭は、もし地上で発動していれば恐ろしい事になっていた。
「マキナ、猛省します。『対消滅弾』は厳重に取り扱います……」
「あれがエクスマキナの切り札が。普通の爆発とは違ったように見えたが……何なのあれ?」
「……対消滅反応だよ。SFの分野なんだけど……反物質って分かる?」
聞いた事はあるが、詳しくは知らない。そもそも理解できるかも怪しい分野なので、ざっくりとした説明を求めた。
礼司は少し悩んだ後、本当に雑に解説してくれた。
「原子や分子は分かるよね?」
「あぁ……水素とか、酸素とか、そういう最小の単位だろ?」
「それらもさらに、電子とか粒子とかの小さなモノで構成されているんだけど……これが逆の性質で構成されているのが『反物質』だよ。これと物質が接触すると、互いに消滅しながら、膨大なエネルギーを発生させるんだ」
「――……それを攻撃に転用したのが、アレか」
「多分、ゲーム的な要素も含めると……純粋な爆発じゃなくて、接触した部分を消滅させる空間を発生させているんだと思う。現実に研究されている対消滅より、数ランクヤバい」
遥か空高く放たれた、極小の紫水晶。ソレが爆ぜた瞬間、大気を覆う雲は一つ残らず消し飛んだ。あんなものを人に向けようものなら、被害甚大どころではない。文字通り敵対者を『消し飛ばす』砲弾に、改めて若者二人は身震いした。
「何度反省しても足りません。前の世界では、ただの防御無視の貫通攻撃でしたので」
「あー……オルタナティブラグナロクの仕様ね」
「でも僕は、対消滅について知識があったから……マキナにゲーム感覚で使わないようにって、強く言っていたんだよ。けれど『カラクリ侍』がやられて、相手の若い子に煽られちゃって……今思えば安全を確認してから、ちゃんとマキナに試射させるべきだったよ」
「いえ、本機が……味方の『カラクリ侍』の敗北と、敵対者の煽りで熱くなりました。本当に申し訳ありません」
「犠牲者出してないからセーフ……って言いたいが、オッサンの仕事が増えているからなぁ……」
ネット上に投稿された、戦闘場面の動画……早急に削除されたが、その『早急な削除』は手間がかかる。いくら人を導入しようが、いくら監視の目を増やそうが、いつどこで発生するか分からない『真実の動画の投稿』に、オッサン達は振り回される。それが仕事の内とはいえ、結果的に礼司はオッサンに迷惑をかけた。
現実を認識した彼は、どうしたものかと慎に質問した。
「どうしよ。僕とオッサン、一度ちゃんと会った方がいいかな?」
「うーん……今回は別に、そこまでの大ごとじゃねぇけど……自首しておいた方が印象はいいかもな?」
「だよねぇ。でもちょっと心配でさ。粛清動画も上がってたじゃん」
怪盗が予告する前の事だ。オッサンは顔を見せずに、ジャヒーがモール事件の一人に対して制裁を下した動画がある。あれは、余計な事をする奴らに対しての牽制だろう。しかしオッサンと接触経験のない礼司は、不安も大きい。オッサンの事を頭に浮かべてから、慎は友人を諭した。
「平気じゃねぇの? 悪気が無いなら、向こうも過激なやり方はしない。いきなり戦闘にならないだろう」
「だと、いいんだけど……ほら、みんなと別れろって言われたら辛いし」
「それは確かに。不安なら、何か手土産あると違うかも」
「ん……そうだ。それなら武蔵君の事も伝えた方が……」
「誰だそれ?」
「僕と対決した中学二年生。確か連れているのは『アーサー・ザ・キング』って名前のキャラだった気がする」
あぁ、と慎は納得した。アーサー王伝説は、ある作品群のおかげで知名度が大きく上がっている。オルタナティブラグナロクに限らず、様々なソシャゲーでネタが使われている伝説の一つ。事件の動画も見たが、確かに騎士が聖剣を振っていたようだ。
「武蔵君の連絡先、知ってんの?」
「もちろん。何なら今から話してみる?」
「やめとく。でもそうだな……一応前置きしておいた方がいいんじゃないか? ちょっと大人の目に留まって、怒られるかもしれないってさ」
「あー……分かった。逆上するタイプじゃないし、伝えても平気だと思う」
ポチポチとスマホをいじり、対峙した中学生に連絡を入れる礼司。そのまま慎の端末にも情報を送ってくれた。これをオッサンにも送ってくれ……と言う事だろう。
『後で送っておく』と答えつつ、慎はもう一つの案件に話題を派生させた。
「もう一ついいか? 実は、オッサンが掲示板の方で、妙な雰囲気の書き込みが増えていてさ……礼司の見解を聞きたい。滅びたソシャゲーの怨恨が、他にもこっちに出てくるんじゃないか……」
初耳だと驚く礼司。端末からサイトのURLを送信し、二人で同じ内容を読みこむ。
みるみる険しくなる二人と、背後にいるゲームキャラクター達。
しばしの沈黙が流れ、物思いにふけった。