魂と科学
遠藤 望 は考える。
凍り付いた時間の中で、深く暗い闇の中で。
全く風が通らず、空気の淀んだ室内……まだ若い彼はこう表現した。
「ここは墓場だ。現代風生前葬ってやつ。誰の声も心に届かず、逆にこちらからの声もどこにも届かない。ただ部屋の前に名札って墓標が張られていて、お供え物をしないと癇癪を起こす。本当はどこかに行って欲しいけど、世間体と親のプライドのせいで手も出せない」
へらへらと笑って嘲る様は、まさしく悪霊のようだった。いつもなら誰も答えない暗黒の中で、解答を返すのは邪悪な魔術師だ。
“どうですかね。実体を持って生きるだけでも、あやふやな霊体としては羨ましいのですが”
「ん~? どういう事? 興味がある」
“我々は基本、観測されないものです。誰かに見いだされねば、そもそも生じることも、世界に働きかける事も出来ない。物質はただ在るだけで、存在を示す事ができる。例えばあなたが死のうものなら、我々は霧のように消えてしまうでしょう……この世界で決まった身体の無い霊体。ラグナロクの世界を知る人の意志を依代にしなければ、存在すらおぼつかないモノ。それが……あの世界で、終局から逃れた者たちの正体です”
「なるほど……面白いね。その性質は」
皺を深くする彼らに、望は鷹揚に頷く。既に彼らの現存を認める彼に対し、邪悪な影は疑問を投げかけた。
“あなたは……我々を信じるのですか?”
「うん? もちろん信じるよ。君たちはここに『いる』じゃないか」
“実は……あなた以外にも、我々は声をかけたのです。あなたのように『オルタナティブ・ラグナロク』が終わることを、強く嘆き恨んだ人の下へ。ですが、誰も我々を受け入れてはくれませんでした。なぜ……”
「そうだね。理由はいくつかあるけれど、原因は『科学教』のせいだろう。コッチで暮らす人間には、曖昧なものを曖昧なまま信じ続けることが、難しくなってしまったのさ」
まさしく科学技術の結晶であるPCと向き合って、望は一見矛盾した話を続ける。
「現代日本で科学を全否定する人間はいないだろう。ボクにだってそれは許されない。各種インフラ、パソコンテレビに冷蔵庫に照明などなど、科学に絡んでいないモノを探す方が難しい」
“でしょうね”
「でもさ……今の科学って、ボクらが思うほど完全なのかな?」
“少なくとも我々が在る原理は、解明できないでしょうねぇ”
ねっとりと嗤う影に、つられて笑った。
「昔の人達……科学が大規模な発展する前の人達は、こういうあやふやなモノへの対処が上手かった。未知のモノに神や悪魔を代入して、性質だけを抽出して『感じる』ことが出来た。原理が分からなくとも『何かある』と、否定はしなかった。
今の人たちは違う。『科学的に根拠がなければ、存在しない』と断言してしまう」
“……”
それは、他ならぬ科学の外側にいる彼らへ向けた言葉。科学教に染まった者達に向けた、非科学に目を向ける若い坊やは軽く肩を竦めた。
「そうなると、今度はボクみたいな人間は……妄想とか発狂したとか、まぁそういう名前で呼ばれるようになるけど……ここでボクは一つ反論する。じゃあ君は、自分の魂の所在を証明できるのかな? ってね。もし『科学的に根拠がない』を否定の論拠とするならば……この世にいるすべての人間は、あらゆる生命には、魂なんてものは思い込みなのでは? さも当たり前の前提だけど……それはただの思い込みで……意思の無いプログラムのような物かもしれないよ?」
へらりと嗤う 遠藤 望 は、闇の影に向けて語る。元は『ゲームのプログラム』だった霊体に対して、実に皮肉の聞いた問いかけだ。
“自分は人間だ。意思があると主張しているだけで……本当に魂を持っているかどうかの証明は出来ないと? 私と話している……遠藤望でさえ?”
「例え話になるけど――ん、ちょうどいい題材があったかな?
古い映画でね。人間を乗っ取る宇宙人が出てくるんだけど……乗っ取られた人間はこう言うんだ。『自分は宇宙人じゃない。人間だ。信じてくれ』って。
でも周囲の人間は判別がつかない。本当に無実で、普通の人間だから訴えているのか。実は宇宙人に乗っ取られていて、騙そうとしているのか……外部から見ると、一切の判別が出来ないんだ。
目の前の人間に魂が入っているかどうかも……本当は同じ事。誰もが『在る』前提で話をしているけど、誰も証明は不可能だ。だから……ぼくの魂については、誰も証明は出来ない」
長く長く続いた、科学と魂の相性の悪さについて……暗鬱な少年は語り続ける。会話の最中に気が付いたのか、少年は数回頷いて語り掛けた。
「あぁ……なるほど。それなら物質は確かに力だ。存在も証明もあやふやな『魂』と違って、物質はそこに『在る』事は保証される。ならばその分、確実性が大きくなる。俗物的と捉える人もいるけど……ほとんどの人間は、みんな俗物だろう?」
何も証明できない、魂の所在と
とりあえず証明できる、物質的所在。
片方が酷く曖昧で、科学で証明不可能に対し――物質は科学で証明できる。
故に物質は、純粋な霊体より上位である。その理を理解しつつ、遠藤望はこう嘯く。
「けれど、だからこそ――現行の法は、魂を悪用する事について無防備だ。ねぇ、協力を頼んでいいかな?」
“はて……? 我々に出来る事など、限られておりますが……”
「いやいや、間違いなく可能な範囲さ。それに……ぼくらの悪だくみにも必ず役に立つ。君たちが声を掛けた人たちに、今度は契約を持ちかけて欲しいんだ。特に――インターネットで悪口や不満、憎しみや悪性を吐いている人に」
“元々我々と息の合う人種です。恐らく全員と考えられますが……?”
「なら、その人たちに凶器を渡そうじゃないか――法律に全く抵触しない、魔法のような武器を。ボクは他の候補者を探しておくよ。こういう時……ネットはすごく便利だからね」
その子供は、暗い室内で朗らかな笑みを浮かべた。
アリの巣を壊して遊ぶ、子供のように。