現界突破とは
突然の行為に、礼司は肩を引いてしまう。人と目を合わせて話すのは、コミュニケーションの基本だが……気迫を込めた眼差しは、相手を委縮させるものだ。古い言い方をするなら『ガンを飛ばす』とか『メンチを切る』などの表現になる。柔道部で鍛えているのもあり、年下でも十分な威圧感だ。
何か怒らせてしまったのだろうか? 突然のガン見にたじろぐ礼司。彼が内向的なのもあり、強気に迫って来られると引いてしまう。礼司の反応を見た阿蘇少年は、慌てて取り繕って頭を深々と下げた。
「ビビらせてスンマセン! 誤解っす!」
「誤解?」
「そう! オレ、天野パイセンの事……マジで誤解してました! 本当に申し訳ございませんッッッ‼」
「ちょっ……ちょちょちょちょちょっ⁉」
柔道部の中学生は……声を張り上げテーブルに手をつき、ガッツリ額をこすりつける。着席したまま土下座するような謝罪に、今度は礼司が慌てふためいた。
「急にどうしたのさ⁉」
「オレ……オレ! キャラを武器や兵器として扱っているような……性根が曲がりきったド腐れクソ野郎と思い込んで……!」
強烈な罵倒の文言に、天野礼司はちょっと引いた。相当な怒りが籠っており、謝罪してはいるが……「クソ野郎」への怒りが隠せていない。この激情に駆られていたから、礼司を誤解し思い込んで、言い分ひとつ聞かなかったのか。色々とツッコミたい所はあるが、ひとまず少年が感情を吐き終えるのを待った。
「人間の事を……他人の事も、キャラの事もゴミクズとしか思えない。そういう人格破綻者だと思って! 美術館をあんな風にする奴が、あんな事を出来る奴は、絶対に生かしておけない奴だって……」
「――だから、オレらは美術館で張ってたワケよ。犯人なら、事件後どうなったかは気になると思ってさ。よくある話だろう? 犯人が現場に戻って来るってのは」
少年の感情、少年の激情を、隣にいる英雄が補足した。勇者たる彼も悪行を許せず、義憤に駆られ、天野礼司を悪と誤解したのは変わらない。改めて、二人そろってしっかり頭を下げた。
「本当に申し訳なかった。礼司だったか? お前が悪事を働くなら、あんな回りくどいやり方をしなくていい。『エクスマキナ』の『対消滅弾』なら、てめぇが気に食わない所にブチ込むだけで致命傷だ。あんなのは誰も防げねぇ。うっかり『カラクリ侍』だったか? アイツも敵だと思って斬っちまった。復活があるとはいえ、悪かった」
「そう……だね。僕も強く止めていたんだけど……一回安全な所で試射させておくべきだった。ゲーム内でも、割と上位の攻撃性能だったけど……」
「え、今も覚えてらっしゃる?」
「火力倍率自体は普通だけど、防御ステ無視の全体高威力攻撃だった。だから、相手の防御力が高ければ高いほど、貫通してダメージが伸びやすい仕様」
「バッチリ暗記している⁉」
苦笑しつつスマホを指させば、同じプレイヤーの阿蘇少年は大きく首を振って頷いた。やり込んだゲームの内容は、手に馴染んで覚えてしまうもの。マスター二人が話し合う中、霊体の『エクスマキナ』はしょげていた。
“マキナ、猛省します……現実での被害範囲が、こちらのデータにありませんでした。マスターと……お二方も、マキナが迷惑を掛けました”
「いやいや! 謝らないで欲しいッスよ! 先に誤解して仕掛けたのはこっちッす!」
「本当にな。それに天野先輩の判断のおかげで、死人は出ずに済んだし。つーかよく飛び出したな。下手したら巻き込まれていたぞ?」
「地上で使ったら、大変な事になるから……それにマキナは、絶対に僕を巻き込むやり方はしないって、信じていたから」
霊体のマキナが一瞬フリーズし、英雄とそのマスターが口笛を吹く。変な空気を察した礼司が赤面すると、阿蘇少年はあえて触れずにこう言った。
「この調子なら、いつか『現界突破』も出来そうッスね!」
「『現界突破』……戦闘中にも言っていたけど……」
『限界突破』なら……近年ソシャゲーに触れていれば、ピンとくる単語だろう。同じキャラクターを入手してしまった時、いわゆる『ダブリ』『被り』が起きた際、被ったキャラクターを強化するためのシステムだ。ランダム入手のガチャが、多くのゲームの標準となった以上……どうしてもキャラ被りの問題は発生する。故に『重ねる事によるキャラクターの強化』を実装しているのだ。
「これ、オレが作った造語っす! もちろん元ネタは『限界突破』っすけど」
「オルタナティブラグナロクにもあった奴だよね」
「そうそう! でも、キャラの重ねとかじゃなくて……もっとこう、勇気と絆で限界を超える! 現実に来た俺とお前の――」
そういって、阿蘇少年が隣のアーサーと目を合わせる。アーサーも笑って声を合わせた。
「「ゅゆうじょう! ぱぱわーっ‼」」
絶妙にズレた、息の合わない『友情パワー!』に、霊体の機械少女がまたしてもエラーを吐いた。これもまた、ネット上に広がるネタの一つなのだが、こうした娯楽に機械は弱い。礼司の小さな笑いが収まるのを待った後、アーサーと阿蘇少年が『現界突破』について喋った。
「要は、現実に来たおかげで……色々と俺達『キャラクター』は自由になった。あの世界も悪く無かったが――そうだな。今はこうして、クレープだって一緒に食える」
堂々とアーサーがかぶりつく生地から、生クリームが零れる。確かにこれは、ゲーム世界のキャラのままでは不可能だろう。「うっま」と呟き夢中になるアーサーの隣で、阿蘇少年は満面の笑みを見せた。
「現実に来たから出来る事。現実での経験が、コッチに来たキャラを大きく成長させる現象……! それをオレたちは『現界突破』と名付けたんッス!」
「現実での……経験」
「そう! アーサーが四つ目五つ目のスキル使ったでしょ? アレが――アレがオレの所に来た『アーサー・ザ・キング』の『現界突破』! 色んなゲームの『アーサー王伝説』『エクスカリバー』にまつわる能力を発動できる!」
「えっ……じゃあアレって……」
「元ネタは全く別のゲームや伝承っす!」
「色々と大丈夫⁉」
それはパクりと言うのではないだろうか。まだ中学生だし、深く理解していないのかもしれない。しかし彼らが発見した可能性――『現界突破』は、礼司やエクスマキナ、他のキャラクター達にも起こり得る現象ではないだろうか。
(こんなにアーサーだっけ? が適応しているのも、きっと現実に沢山触れさせて来たからなのかな)
礼司は慎重に『キャラクター』と関わって来たと思う。だから『現界突破』が遅いのか? もしこれが共通する現象だとするなら――礼司の友人、樋口 慎のキャラクターは、既に『現界突破』しているのでは?