元気いっぱいの中学二年生
少年の案内に任せている自分と、かつて敵対した相手に背を預ける行為。どっちもどっちで無防備と思わなくも無いが……天野礼司は、阿蘇武蔵少年の後をついていった。
少年が慣れた足取りで向かうのは、駅前のビルに入ったスーパーマーケット。どこにでもある店の中へ入る際、案内板をちらりと確認すると、確かにフードコートがある。騙す意図は無さそうだ。ようやく警戒心を解いて、日常的な会話を振った。
「ここ、お惣菜コーナーってある?」
「あー……どうだったかな。無いって事は無いと思うっす!」
「そっか。割引までの時間は――」
「いやそこまでは知らないっすよ! 随分家庭的っすね⁉」
「あー……そっか、そうだよね。ごめん」
時折忘れそうになるが、天野礼司は高校一年。休日とはいえ、父親の帰りを待ちつつ、安売り惣菜を買う子供は少数派だろうか? 二人で食べるなら……消費期限は当日限りで良いと、天野家ではよく利用している。話しが長引くようなら、帰りのお惣菜はここで買って帰っても良いかもしれない。横道に逸れた思考は、フードコートに着いた事で中断した。
「ここっす! 結構広いっしょ? フードコート」
「そうだね。色々取り揃えているっぽい?」
「ハイ! 俺らも良く利用しているっす!」
「へぇ……値段も手ごろでいいね」
そば屋にラーメン、バーガーショップとクレープ屋……無難なラインナップを見つめるが、全体的に値段は安めに設定されている。学生身分でも手ごろな金額で、予算が少ないお財布に優しい。
「やっぱコスパ第一っすよコスパァ!」
「うん。確かにコスト・パフォーマンスは大事だよね」
かなり高揚した様子で、阿蘇武蔵君は礼司に話す。今時珍しいタイプの人間かもしれない。友人の樋口慎も明るい人種だと思うが、ここまでグイグイ距離を詰めはしない。あまり関わって来なかったタイプの相手に、礼司はどう付き合うか少々困った。
晩御飯の事も考慮し、高校生の彼はクレープを注文する。中学生もつられて同じものを購入。シンプルなチョコバナナクレープを注文した所で、隣の勇者がうらやましそうにこちらを見ている。すぐに阿蘇少年が手を叩いて「ちょっとトイレ!」と駆けだした。
しばし待つと、少年の隣に青のジーパン、白のワイシャツに茶色のTシャツを身に着けた『勇者』がいた。アメリカンな格好だが、元の容姿もあり中々整っている。どうやら実体化させて、同席の上で話を進めたいようだ。
「オレもマスターも、初めての仲間にテンション上がってるんでね。あ、マスター! オレの分も頼むわ!」
「しょーがないなぁー!」
目を回しそうになる礼司だが、気持ちは分からなくもない。礼司も友人が同じ立場だと知って、少なからず気持ちが高ぶったものだ。既にこの現象……ゲームキャラの実体化から数か月が経過している。その間誰にも話せないとなれば、色々と溜まっていた感情があるに違いない。
現に見てみろ。阿蘇少年の目の輝きを。先ほどまで本気で敵対していたにも関わらず、極めて友好的な、キラッキラした眼差しを向けてくるのだ。
中学二年生だし、仕方のない所もあるが……礼司は人差し指を唇の上に立てる。
「気持ちは分かるけど……ここは公共の場だから、静かにね。せめて話すのはフードコートでさ……」
「あっ! スイマセンパイセン! オレ運動部で……ちゃんと声出さないと、ドヤされるっすよ」
「なんか……昔ながらの雰囲気を感じる。言い方良くないかもしれないけど」
「いえ! 大体あってます! 柔道部所属っす! 上下関係バリバリで、顧問は昭和時代の――」
「厳しめの指導者だな。端的に言ってクソジジイ」
「クソジジイって……」
「でも悪口じゃないっすよ? 指導者としては有能なんで! 今年も県大会ベスト4でした!」
「強っ⁈」
全国に行けないにしても……県大会上位なら、地元で名前が上がるかもしれない。声に気迫とハリがあるのも、柔道部でシゴキ上げられているからか。よくよく体つきを見ていれば、肩幅が広く全身が筋肉質に見える。オタク気質の礼司では、取っ組み合いになったら歯が立たないだろう。改めて阿蘇武蔵を観察すると、目線が腰に下げた木刀に移った。
「その木刀は? 柔道部って言っていたけど……」
「あ! これは触媒っす!」
「触媒……あぁ、触媒か」
キャラクターがこちらに召喚された際、現実に安定させるには……物質を触媒に指定する必要がある。何にするかは融通が利くようだが、少年が指定したのは――
「えぇと……それは?」
「修学旅行先で買った木刀っす! 小学五年から毎日百回素振りしてます! 今は五百回連続に増やしました!」
「そうではなく……あぁ、まぁ、うん」
追求しようとしたが、隣の『アーサー・ザ・キング』の表情で察した。どうやら勢い任せで決めようだ。思い入れのある物品を触媒するのは分かるが、持ち運びにかなり不便だろう。現に、かなり浮いている気がするが……本人は意に介していないようだ。
「やっぱ最強になるためには、毎日きっちり鍛えてないと! 願っているだけで成れる訳ないから!」
「元気だなぁ……」
元気ハツラツを全面に出した少年に、礼司は何度目かの苦笑をこぼす。
呼び出しの小さな機械が鳴り出した所で、三人は注文したクレープを取りに向かった。