直情的な中学生
一通り暴れてしまったので、周囲からの目線が刺さった。たまたま居合わせた配信者は、上空に出来た晴れ間を凝視している。巨大な虚空が顕現して、全く無関心でいられないだろう。当然地上にいる四名……二人のキャラクターと二人のマスターにも、視線が集中してしまう。即座に逃げ出そうとした所、『アーサー・ザ・キング』が手を上げて制する。勇者は聖剣を鞘に納めて、高々と掲げて誰かに渡すような所作を取って宣言した。
「『返還と共に終わる伝説』」
その姿は、王ではなく騎士としての姿。役目を終えた剣を、見えざる誰かへ返納するような……厳かで神聖な儀式にも見える。やがて見えざる誰かが聖剣を手に取ると、四人の姿が周囲から認識できなくなった。
ざわめきが周囲を包むが、四人はお互いがちゃんと見えている。アーサーと木刀を握った少年は納得しているようだが、ロボットとその主はぼんやりと、周囲の様子を観測していた。
「こ、これは……?」
反射的に呟く礼司だけど、言葉も届いていないようだ。隣にいるエクスマキナが推論を述べる。
「音声も認識できていないようです。光学迷彩とも異なります」
「そりゃそうだ。原点の物語が終わったら、後は二次創作か妄想の中にしかキャラクターは存在できねぇ。要は波長のある相手しか、認知できないって訳よ。わかるような文章にするなら……『俺が指定した相手を、一時的に霊体にする』ってスキルかね? これも坊主……じゃ、なかった。マスターと俺が編み上げた『現界突破』の成果って奴さ」
またしても出て来た言葉……『現界突破』と平気で口にする。思わずマキナを見る礼司だが、首を横に振って答えていた。彼女も知らないとなると、礼司より若いマスターと勇者が作った単語か? 戸惑いは多いが、何をすべきかは分かっている。エクスマキナを背にして、礼司は戦闘を終えた相手に声をかけた。
「もう『戦闘の意思はない』と考えていいですね?」
「あぁ。もちろん。あんなものをまたブッ放されちゃたまらねぇ。それに……あんな兵器を使えるなら、ゾンビ騒動なんざ起こす必要もない。壊したい所に直接叩き込めば、簡単に皆殺しに出来ちまう」
「あ! そっか! それもそうだね! じゃあ犯人じゃなかったんだ!」
若い少年が手を叩いた。一方の礼司は、がっくりと肩を落とす。勘違いで襲撃された挙句、このあっけらかんとした反応は……冤罪をかけられた目線では、色々と思う所がある。礼司の不機嫌を察したのか、勇者は一度空咳をして提案した。
「さ、遠くに移動しようぜ。適当な路地裏で実体化して……適当な店で話そう。詫びも兼ねて奢らねぇと」
「え、あ! そうだね! 間違えました! ごめんなさい!」
「あはははは……」
キャラクターに指摘され、自らの過ちに気が付いた少年は素直に謝った。しかし次に口にしたのは、人によっては耳を疑うだろう。
「あ、でもすいません。安い所でお願いします……お小遣い、無いんです」
「えぇと……君、いくつ?」
「自分は14です。学年は中学二年生! 名前は阿蘇武蔵‼ 目指すは最強‼」
「う、うん……あー……」
「年頃なんだ。察してやれ。アンタいくつ?」
「16です。高校一年生。名前は天野礼司」
「二つ年上だとよ。マスター? すべき事は?」
「ウス! 申し訳ありませんでしたパイセンっ!」
きりりと背を伸ばして、直角に腰を下げる阿蘇少年。快活明瞭な声色に、悪意や嘘は感じられない。良くも悪くも素直というか、直情的な少年なのだろう。礼司も分類上は子供だけど、目の前の彼はそれよりも幼く映る。しかし悪い人ではない。悪と断じて襲われたものの、心の正義感に偽りは感じない。それに、余計なお金を使いたくない身分は、学生の礼司もそんなに変わらない立場だ。だから、堂々と近場の安いスーパーを指さした。
「僕もそんなにお金ないし……駅前のスーパーで安い飲み物や軽食買わない? 後は美術館の反対側の……うん、ベンチなり公園なり探して、そこで話さない?」
「あ! でしたら、あのスーパーの下にフードコートあります! いい店があって……四百円でうまいソバが食べれますよ!」
「そ、そうなんだ……じゃあ、そこにいこっか」
「ハイ! パイセン!」
元気いっぱいに挙手敬礼して、阿蘇君が前を歩き出した。先ほどまで木刀で襲い掛かって来た姿とかみ合わず、困惑を隠せない。どちらも阿蘇君にとっては本心で、素直に表情や言動に出ているだけ……そうとしか言えない状況だが、隣のエクスマキナは頭から湯気を出していた。
「理解不能。理解不能」
「ちょ、マキナ⁉」
渦巻き状に目を回して、現状の処理が追い付かないようだ。前を進む少年についていきつつ、マキナの疑問に小声で答えた。
「理解不能。戦闘行為相手に、無防備に背を許す行為。態度の急変についていけません。マキナ、おかしいのでしょうか?」
「ま、まぁ……僕もすべて飲み込めた訳じゃないけど……ほら、年上としての対応と言うか。これは、人の心の複雑さもあるし……」
「了解しました……マキナ、大人しくしておきます」
大丈夫とは思うが、警戒はしつつ少年の背に幽霊のように続く。
駅前の路地で実体化して、少年は慣れた足取りでスーパー下のそば屋に歩いた。