吠える勇者
「おいマスター! 居やがったぞ! てっきり無駄骨と思ってたけどよ、のこのこ出て来たみたいだぜ!」
大きく通る声で、誰かが誰かを呼んでいる。最初は他人事と思い込み、礼司は目を合わせずに美術館へ向かおうとした。
残念ながら現代は、騒々しい人間やうざったい絡み方をする人間が増えた。何でもいいからネタを集める配信者から、現代社会に限界を迎え発狂したキチガイ、昔からいる飲んだくれなどなど、トラブルになりそうな人種がうようよいる。
そんな輩に、自分から突っ込んでいくなど論外だ。ネット越しになら絡みに行く野次馬も、現実で接触して巻き込まれるのは御免被る。すたすたと足早に進む礼司の進路を、声を上げた誰かが行く手を阻んだ。
「おい無視するんじゃねぇぞコラァ!」
鋭い怒声は、礼司の真正面に回り込んだ男から。思わず飛び上がりそうになったが、少年に心当たりはない。初対面の相手ははっきり礼司を――いや『礼司の背後』を指さした。
「おめーだよ。いやお前らか? のこのこ事件現場に戻って来るたぁ、いい度胸じゃねぇの‼ えぇ⁉」
「え、えぇと……急になんです? 人違いじゃないですか?」
面倒な相手は、軽くあしらうに限る。常識的な対応をしたつもりだが、改めてイチャモンをかけて来た相手を見て……礼司はやっと目が覚めた。
対面した相手の男は……古めかしくもどこか神々しい、西洋の鎧を身に着けていた。以前の騒動中なら、コスプレ集団として紛れただろう。顔も完全にザ・西洋人といった風貌で、金色の髪に……やや珍しい緑色の瞳。肌色は自分たち日本人より白い。顎も細くて鋭いが、鎧越しにも分かる鍛錬された肉体は……『ゲームキャラクターに出てくる騎士や勇者』を想起させた。
「しらばっくれているんじゃねぇっ!」
曇天の美術館手前の広間で、西洋勇者は腰に下げた剣を抜いた。金色に輝く騎士剣は、誰が見ても神秘的なオーラを放っている。あからさまな殺気と共に、いきなり勇者は切りかかって来た。
「マスター!」
脇に控えていた『エクスマキナ』が、咄嗟に実体化して礼司をかばう。金属の少女が実体化したのを見て、ほらみろと言わんばかりに勇者は鼻を鳴らした。
「なんだよ、やっぱお前もプレイヤーなんじゃん。よくもこの前、あんな騒動を起こしやがったな!」
「待って! どういうこと⁉」
「往生際が悪いぞ! 大人しくお縄につけぇ!」
「マスター下がって。戦闘に入ります‼」
話が通じないと判断した『エクスマキナ』が、実体化したまま相手を睨む。心なしか冷たい声色は怒っているようだ。
一方の相手……西洋勇者は怒りながらも、どこか楽しんでいるような気配がある。黄金の剣をエクスマキナに向け、堂々と名乗りを上げたのだ。
「俺の名はアーサー! 『アーサー・ザ・キング』‼ 誰もが知ってる王様さ! 悪党悪事は許さねぇ! んで? お前は? 一応聞いておいてやるよ」
「マスター……どうします?」
「どうするって……」
基本『エクスマキナ』は、表情が固くて読みにくいのだが……礼司に振り向いて尋ねる彼女は、明らかに困惑している。礼司も礼司で名乗る義理はないけれど、なんだか失礼なような気が……
微妙な空気が流れたが、時間切れだと『アーサー・ザ・キング』が二回地面を踏み鳴らした。
「名乗る気が無いなら仕方ねぇ。不意撃ちしなかった事は褒めてやる。だが悪は悪だよなぁ⁉ 今すぐ成敗してやるっ‼」
「――マスター! 来ます!」
こちらの話を聞く間もなく、名乗った勇者が剣を振るう。まだ心構えが出来ていない礼司と異なり『エクスマキナ』は既に応戦していた。
素手で騎士剣を受け止め、甲高い金属音が鳴り響いた。ただの腕が火花を散らす光景に、勇者は目を大きく見開く。
「オイオイ! 聖剣を生身で受け止めるとかジョークか⁉」
「マキナは生身ではありません」
「あん? なんだお前機械か⁉ それにしちゃあ……まぁいい! ぶっ飛ばすまでだ!」
「敵対勢力と確認。対象を排除対象と認識」
勇者とマキナが戦闘に入る。周囲の配信者が騒ぎを聞きつけ、無数のカメラを向けたのをマズいと判断。礼司は止めようとしたが、交戦状態の二人は聞き耳を持つ様子が無い。
襲い掛かって来た勇者の方は、仕方ないとして……『エクスマキナ』の方までブチ切れていではないか。慌てて礼司は静止しようとするが……
「ちょっ⁉ マキナ⁉ 戦闘を中止――」
「敵対者を、破壊します」
「アァ⁉ やってみろよぉっ‼」
エクスマキナは、騎士剣を受け止めるのをやめた。確かにHPバーは減少しており、いくらSSRの彼女でも、目の前の『アーサー・ザ・キング』は脅威になるらしい。指先を変形させて、光の剣を振りかざした。マキナのスキルの一つ『レーザーブレード』だ。
SF作品でよく見る武装だろう。高出力のレーザーを剣にして、敵を両断する武器だ。当然片手のみならず、両腕に装備されている。さながら二刀流の剣士の様に、両手の刃が勇者を襲った。
「うぉっ⁉」
返す刃に驚いた勇者が、慌てて防戦に回る。場数を踏んでいるらしく、手数で劣っても直撃はしない。鎧の防御力が高いのか? 掠めた剣戟でHPバーが削れても、焦る様子はない。むしろ――実に楽しそうに、獰猛に勇者は笑った。
「いいぞ、無抵抗相手じゃ面白くねぇ……!」
闘争の気配に当てられた勇者が距離を取り、高々と騎士剣を掲げる。
膨れ上がる何かに備え、礼司と『エクスマキナ』が距離を取ると――勇者は剣の名を叫んだ。