寄り道
「ふーっ……」
“お疲れ様です。マスター”
「あぁ、ありがとう。マキナ」
天野家から施設までの距離は、それなりにある。流石に学校より近くは無いが、通勤が可能な距離だ。駅に着くまでの間は、小声で『独り言』を始める。
最近はブルートゥースが発達し、耳元にスマホを当てる必要もなくなった。首元にマイクを仕込み、耳に小型イヤホンを入れれば通話が出来る時代だ。町を歩いていると、案外『一見して独り言のように見える』人はそれなりにいる。父親は気にしていたが、礼司は特に隠す必要を感じなかった。
かといって、極端な大声でも話さない。不自然にならない声色で、曇天の中で話を続けると、金属の霊体が問いかける。
“質問。あの個体からの呼び出し頻度について”
「うん? コナンの事? 何度か一緒に行っているよね?」
“はい。今回で三度目です。距離や手間を考えると、かなり高頻度では?”
マキナ達『キャラクター』は、基本的に召喚者に付き従う。故に礼司が出歩けば、一緒に同じ場所へ行く。あの研究施設にキャラクターと共に向かうのは、確か今回は三回目だ。
「あー……最近は多くなった気がする。どうも不安と言うか……ストレス? が溜まっているみたいで」
“以前はどれほどの頻度で?”
「まちまちだから、なんとも。長いと三か月ぐらいで、平均は……一・二か月に一回ぐらいかなぁ?」
“確かに以前より増えていますね。連絡は?”
「直接の連絡は出来ない。父さんが面会希望を受け取って、その後僕が出向く感じ」
――自我らしき物を持ったAIに、自由な連絡手段を与えるわけにはいかない。ネットに繋げる以上、やろうと思えばできるのだろうが……間違いなく監視されている。下手に問題を起こすくらいなら、社内規則に則って、正規の手続きを取った方が良い。その判断力もコナンは持ち合わせているようだ。
“頻度が上がった事について、礼司は心当たりがありますか?”
「んー……本人が寂しがっている事以外だと……あ、今回の『美術館集団錯乱事件』について話したかったのかも」
“…………”
『エクスマキナ』は礼司をじっと見つめ、思案に耽っている。感情の読みにくい眼球だが、なんだか責められている気がする。踏み込んだ質問を構えた時、先んじて『エクスマキナ』が駅を指さした。
“目的地に到着しました。このまま帰宅しますか?”
「うん? スーパーのお惣菜コーナーに行く気だけど……あ、でもまだちょっと時間が早いや。確かあそこは5時過ぎないと、20%引きのシール貼っていないんだよねぇ」
父親との二人暮らしだと、どうしても買って来た惣菜が多くなる。多少は料理も出来るが……外出から帰って来た後に、調理をするのは面倒くさい。そういう時は、適当に買った物で食事を済ませてしまう事も多かった。
そしてスーパーの惣菜屋の場合……大体五時から六時過ぎ付近が割引品の狙い目だ。しかし現在は三時過ぎ。ここから電車での移動時間を加味しても、少々早く到着してしまう。どこかで時間を潰した方がいいか? そう考える礼司にマキナが告げた。
“提案。例の美術館へ偵察”
「あれ、行ける距離だっけ?」
“途中で下車すれば、歩いて五分で到着します”
「ん……時間も余っているし、ちょうどいいかもしれないね。何事も無ければ……鑑賞していく?」
“マキナには芸術がわかりません”
「うん。僕も。だから、まぁ、適当に」
“わかりました”
改めて美術館を検索すると、四駅先の駅が事件現場のようだ。閉館していそうな物だが、どうやら既に復旧しているらしい。集団錯乱で起きた被害だが、物的被害は比較的少なかったようだ。
『ゾンビ』が狙ったのは、生きている人間だ。美術館の施設そのものは、攻撃対象では無かったらしい。その場にいた野次馬と警備の人員が被害者だが、現場もそれなりに傷を負ったはずだ。
「まだ一か月も経ってないけど……建物とか美術品は大丈夫だったのかな」
“マキナが調べたところ、暴動鎮圧の際にいくつかの物は被害を受けたようですが……主な被害は人的な物だそうです”
「ゾンビ騒動の黒幕は、興味が無かったのかな」
現場に居合わせた友人、樋口慎からの情報によれば……『怪盗騒動』と『ゾンビ騒動』の犯人は別枠。怪盗の予告を利用して、便乗して罪を擦り付けるかのようにゾンビ化を引き起こした。以前にあった『モール騒動』と同様に、社会の混乱や破壊を狙った行動に思える。
しかし……ならば何故『美術品』を損壊しなかった? 礼司は美術に興味が薄いが、モノによっては億の値段が動く物品と知っている。今回標的にされた場所は、特に高価な品は無かったのだろうか? 仮に高額美術品が無いにしても……数を破壊して損害を与える方法もある。美術館そのものが復旧しているなら、物的被害は極めて軽微だった……のだろう。
「でも、美術館もよく開いているね……」
“予測します。怪盗と錯乱事件……その場にいた人間の行為によるものですから、美術館側の落ち度は薄いのではないでしょうか”
「あー……怪盗と軽率に騒いだ人間が悪いのであって、美術館はたまたま舞台になっただけ?」
“肯定します”
それにしても、手が早い気がする。もしかしたら、慎が手伝っている『オッサン』が裏で補填したのかもしれない。何にせよ――その後がどうなったか、遠巻きにでも確認しておきたい。直接あの事件に絡めなかったが、痕跡には興味があった。
ふと、嫌な言霊が脳裏をよぎった。
――この行動は『野次馬と変わらないのかもしれない』と。