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AI機器のいる生活

 両親の離婚から一定時間が経過した天野家。長男の天野礼司は、父親との二人暮らしにも慣れて来たが……天野礼司はそれでも、嫌に広い我が家が嫌になる事があった。

 中学三年生、受験を控えている年頃で……あまり家に父がいない事も多い。自学も苦ではないのだが、やはり誰かに教えてもらいたい時もある。

 ならば塾通いすればよいではないか……と考える人もいるだろうが、家事に時間を取られる事を考慮すると、わざわざ通う時間がもったいない気もする。ITの発展した現代なら、ネットを使って勉学に励める時代だ。

 しかし、しかしだ。やはり『誰かから教わる』感覚は代えがたい。もちろん最終的には自分の頭で、情報を咀嚼そしゃくして、自らの知恵として取り込む必要はある。が、最初のうちは入りが悪い。一人での思考や勉学にしても、そのコツを掴むまでは時間がかかる。


「学校の授業って、なんか違う感覚がするし……」


 教科を担当する中学講師たちを、無能と言い捨てる気はない。けれど礼司から見ると……教師たちはどこか後ろめたさと言うか、疲れと言うか、何か影を宿しているように思えてならない。淡々と作業をしているような……中には露骨に身の入っていない教師もいる。

 そうした諸々を考慮して、礼司は父親に交渉した。そうして先日、購入したのが――


「えぇと……コナン、確か今は室町時代だっけ……その辺りの歴史について教えて」

「わかりました。室町時代の始まりから――」

「あぁゴメン、最初からじゃなくて……あれ、どこからだったかな……少し待機してほしい」

「わかりました」


 礼司の声に反応して、円柱状の機械が音声を発する。このAI搭載ロボットは、生活をスマートにするための機材だ。

 家事の一部を自動化し、音声による操作を可能にする。ネットに繋いで音楽や動画、照明や様々な家具を連動して動かす事も出来た。

 子供のおねだりにしては、かなり高い機械である。しかし幸い父親は浪費癖も無く、加えて勤め先がIT企業。こうした製品を自社で開発しており、社員割で安く購入できる立場だった。

 さらに言うなら……父親も子供の礼司に対して、寂しい思いをさせている自覚があったのだろう。AI相手であろうと、話し相手がいるなら紛れる。人手の少ない天野家にとっても、家事の自動化は父親も助かるだろう。加えて家庭教師代わりも務まるなら、総合すれば高い買い物ではない。その判断から、天野家はこのAI機材を活用し始めた。


「あぁ、分かった。確か北条早雲が城を獲った直後から。西暦何年だっけ?」

「1493年です」

「ありがとう。じゃあそこから先の日本史で、重要な所を――」

「申し訳ありません。重要の定義を指定して下さい」

「あー……ごめんごめん、今のは僕の指示が曖昧だった。えぇと、高校受験でよく設問されている内容を重点的に……」


 今はネットに情報が出回っている。勉学や受験についても同様で――そうした情報の集積や統合については、AIがめっぽう強い。少年の操作や指示も手慣れたもので、学びたい事、欲しい情報を適切に伝えて自学に励んでいた。


「こうして江戸時代が始まるのです。――今日はここまでにしましょう」

「え~? 今イイ感じなのに……」

「現在時刻は6時半です。自学習の設定時間を過ぎています」

「えっ⁉ もうそんな時間⁉ うわぁ……」


 勉強だってやり方次第。近年の動画サイトであれば、面白おかしく学べる動画や配信も少なくない。時折そうした物を交えながら、指定した内容を解説するAIが教師を務めていたからか……あっという間に時間が過ぎていたようだ。


「やべやべ、えぇとコーンスープの素を出して……」

「申し訳ありません。私は手伝えません」

「あ、いやゴメン! 今のは独り言で……コナンに頼んだ訳じゃないよ」

「そうですか」

「ははは……」


 ――AI達のコミュニケーションは、前後の脈絡を無視して行われる事も多い。極端な言い方をするなら『空気が読めない』のだ。

 人間特有の曖昧なニュアンスや、話題の関連性を『読む』事が出来ない。特に雑談などしようものなら顕著で、突飛な話の振り方をすると、意図せぬ方向に話題が行ってしまう。人間が日常的に、あるいは無意識的に行う予想や想像、連想が出来ないのだ。

 そんなものだから、分かりきった独り言に反応してしまう。人であればスルーするような事に、律儀に答える。それが機械の特性で、仕様で、必要な機能だから仕方がないのだが。

 小さなスープ用の鍋を取り出し、コーンスープを素の入った缶を取り出す。側面に書かれた分量通りの水と牛乳を入れて、濃縮されたペーストを希釈した。

 じっくりコトコト弱火で煮込んでいる中、冷蔵庫に手を伸ばす礼司。カット野菜と買って来た揚げ物を出して、電子レンジに入れた。そこですぐに指示を出した。


「コナン、火の番と……トンカツを電子レンジで温めておいて」

「わかりました」

「ゴメンね。ちょっとお手洗い……」

「はい」


 完全に一人なら、火を放置したまま離れるのは怖いが……AIが見張ってくれるなら、少しの間なら大丈夫。自動で動き出す電子レンジの音を聞きつつ、中学生の礼司は席を立つ。生活と学習、利便と不便を重ねながら……礼司とAI――『コナン』と名付けられた機械は共同生活を続けていた。

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