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父と子供と『仲間』

 その週の土曜日……天野礼司はある建物へ向かっていた。彼の父親、天野鉄也あまのてつやと共にだ。


「礼司……すまない。まだ学生なのに」

「いいよ、父さん。多分僕もこの道に進みたいし……早めに業界の事を知っておきたい。業界に行かないにしても、いい社会勉強だと思っておくよ」

「そうか……」


 礼司より五センチほど高い背で、白髪交じりの男が小さく笑う。確か父は、今年で51歳だったか? 研究に没頭する職業だからか、あまり家に帰れないし、日を浴びておらず不健康に見える。この前も会ったばかりだが、礼司は少し強めにたしなめた。


「でも父さん、仕事はともかく……ちゃんと運動もしなよ? 筋肉が落ちたら、結局脳の働きも落ちるって話でしょ?」

「あぁ……首や肩の筋肉のコリも天敵だからなぁ……」

「休憩時間に軽く散歩するとか、ストレッチするだけでも違うからさ。なんだかんだで、筋肉は一番の資本だから」

「確か、今時の言い方だと――」

「「筋肉はすべてを解決する!」」


 礼司と父親は、共に過ごす時間こそ短いが……関係は良い方だと思う。

 少ない会話と交流だけど、礼司が悩みを相談すれば真剣に取り合ってくれるし、ひとまずは話を聞いてくれる。中学受験の際、進路相談も大いに参考になった。

 高校はそれなりのレベルで、学内環境が良い事。通学距離が苦痛にならない事を重視すると良いと。選択肢として、中堅有名大学の系列高校も有力な事など、多くの事を話し合った。


「単純労働も楽になるし、結局頭のキレも良くなるからさ……」

「礼司は今、アルバイトも考えているか?」

「ん……大学決まってからやるつもり。あんまりパソコン関係のバイトって少ないからさ」

「まだプログラマー志望か? 確かに、センスはあると思うが……」


 礼司としては……まだしっかりと方向が定まっていないが、研究職かプログラマーを考えていた。

 プログラマーに関しては、父親はあまりいい顔をしない。実際、ネット上でもあまり良くない労働環境……いわゆる『ブラック企業』に当たる危険性が高いとされている。

 しかし中学生の礼司は、父親にこう言った。『自分が就職するのは、七年後のことになる』と。それだけ時間が経過すれば、流石に少しは待遇が改善されているのではなかろうか? と。

 ――誰だって辛い労働環境、キツい職に就きたくない。

 たとえ得意分野であろうとも、賃金や労働時間が悪ければ敬遠するだろう。そうしてますます人手不足の業界になるから、一人一人への負担は大きくなる。

 しかし現代において、プログラマーは必須の職業。礼司の読みでは……急激に人手が不足して、慌てて育成と現行の人材を求めると踏んでいた。

 とはいえ、子供の考えだ。だから礼司は、別の論法も用いて説得している。


「腰を据えるにしろやめるにしろ、真剣に取り組むのは良い事、でしょ? 日常生活でも、パソコンやスマホにも応用できるし」

「うぅむ……そうだなぁ。何かに打ち込むのは良い事だ。父さんとしては、本気で取り組むならゲームでも構わないよ? 現に――だから来たんだろう? マキナ君」


 礼司の隣……陽炎かげろうのように漂う存在に目を合わす。虚空にたたずむ人型、霊体の『エクスマキナ』へ声をかけると、静かに彼女は頷いた。


“肯定します。マスターは私達に真摯でした”

「よくわかるよ。父さんは当日と翌日いなかったが……サービス終了だったかい? その前日の落ち込みようったら……」

「たった四か月だけど……楽しかったし、みんなと別れるのが辛かったから」

「動画……いや配信だったか? も後から見たよ。詳しい事は分からなかったが、中々苦労していたようだ」

「友人の『Nマスター』はもっとヤバかったけどね」

“肯定します。我々の方が、戦力としては大きく上でした”


 父親が礼司の仲間たち、ゲーム世界のキャラクターを認知できるのは……礼司のやっていた事を、父親が認識していた事が大きい。礼司のしている動画配信も、時間がある時にチェック。だから礼司の見ている世界、真剣に取り組んだ世界の事も知っている。


「すまない、父さんその世界の事良く知らないんだ。ただ……家に帰って、君たちがいたのは驚いたよ」

“同意します。私もマスターも動揺しました”

「波長が合わないと認識できないって話だったのに……扉開けて出迎えたらいきなり『隣の君は誰だ!?』だもんなぁ……」

「ははははは……」


 現実側に来たゲームキャラクター達は、同じプレイヤー同士か、感覚や波長が合わなければ認知できない。しかしどうも……ネット越しに礼司の姿を知る父親は、礼司の『仲間』達をすぐに認識できたそうだ。

 事前の『ゲーム側』キャラから説明を受けていた礼司も、そしてゲーム側のキャラクターにも予想外で……一軒家の玄関で、完全に凍り付いた。騒ぎになるとマズいので、慌てて天野家で話し合い……何とか理解してもらったのだ。


「色々と既存の法則と違うが……現実と理論が違うなら、間違っているのは理屈の方だ。今はこの現象と現実を受け入れる事にする」

「ありがとう、父さん」

“マキナからも、感謝を”

「いいよいいよ。ただ……あまり『独り言』をし過ぎて、周りから不信がられないように」

「そうだね。気を付けるよ」


 最寄り駅に近づいた所で、会話を控えるように父親が言う。完全に閉じる前に、霊体の『エクスマキナ』が質問した。


“疑問。今この会話の危険性”

「それは大丈夫だろう。独り言は怖いが、二人で会話する光景は自然だ。内容まで注意して聞く人間もいないだろうから。ただ、電車内や密集した場所だと、気づく人もいるかもしれないからね」

“理解しました。返答に感謝を”


 涼やかな声色で、感謝を告げる『エクスマキナ』に、目線だけで二人が答える。

 公共の場で、あまり話せないのは口惜しいが――不思議と寂しさはなかった。

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