誰も納得いかない結末
「はぁ~っ……なんだかなぁ……」
「慎、そんなにため息するものじゃないよ」
「わかっちゃいる。わかっちゃいるんだけどなぁ……」
天野礼司は、露骨に落ち込む友人に声をかける。理由は明らかで、例の『美術館集団錯乱事件』についての諸々だろう。
友人に助言も送り、出来る範囲で手伝ったが……事件のあらましを考えると、礼司にも後悔がある。『モール事件』は自分も動けたが、今回に関しては完全に後方へ徹していた。
しかし慎は慎で、礼司の心情を露知らず……ただ自分の行動だけを悔いているように見える。悔いている、という表現は誇張な気がするが、慎の納得いく結末ではないようだ。
「俺……今回の事、なんか色々とわかんなくなっちまったよ」
「色々? 込み入った事情があるのは察するけど……報道の事?」
「それもそう。だってよ……全員『集団錯乱』で納得してるんだぜ? 俺の家族もそうだったし、とても……」
ゾンビの実体化が真実と言える状況じゃなかった――
口にしかけた『Nマスター』は、しかし明言を避けた。話題真っただ中だし、下手に誰かに聞かれたら困る。高校生真っただ中でも、それぐらいの理性は働いた。
再び彼が、疲れたようなため息を吐いた。
「なんか、なんだかなぁ……言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」
「ちょっと古くない?」
「ネットミームだし、これは世代を超えたネタだと信じたいが」
「まぁ……うん。そうだね」
インターネット上で使われるネタは、世代や年月を超えて受け継がれる事もある。印象的な単語や現実の事件、妙に耳に残る文法は記録され、後世にてオマージュされて使われるのだ。今回慎が口にしたのは、古いドラマの曲の一節だったか?
「なんつーか……本当の事を話せないのって辛ぇな。言っても信じてもらえないってのは分かるんだけど」
「……そう、だね。あれの真実を知れるのは『オルタナティブラグナロクのプレイヤー』ぐらいだろう。僕や慎の立場じゃないと……いくら半信半疑に思えても、集団錯乱で強引に納得しちゃうだろうね」
「人間って、何なんだろうな……くっそモヤモヤするぜ」
「青春……とは違うよね。これ」
「あぁ。オッサンたちのやったことを、悪い事って非難する気もないけどさ……」
それらしい専門家を立てて、それらしい解説をすれば、どれだけおかしな事が起きても丸め込まれる人々。秩序を維持するために、必要な行いと慎は理解している。
だが、あんな解説で丸め込まれる人々に……どこか腑に落ちないと慎は感じているようだ。現場で活動していた慎にしてみれば、あんな隠蔽は幼稚に見えるに違いない。口惜しさを理解しつつも、礼司は現実を飲み込むよう伝えた。
「本当の事を隠すのは、基本的に悪事だけど……じゃあ隠さなくていいの? って話にもなるよね」
「ゾンビが本物だって認知されたら……状態異常の『ゾンビ化』が解けた人も、再発するかもしれねぇって隔離されるか」
「最悪、実験動物や、殺されてしまうかもしれないよね」
近年の『ゾンビが出没する創作物』では、主にウイルスや病原菌が原因でゾンビになる話が多い。次から次へと怪物が広がる光景は、病原菌の伝染に酷似している。仮にゾンビが実在すると認識されたら、今度は感染者について『明確な原因』を探し始めるに違いない。――原因が全く、科学的な要素が無いとしてもだ。
もしも、このような流れになれば……今は全く無害な人々に、不自由を強いることになる。場合によっては的外れな推理のために、命を落とす事になるかもしれない。
すべてを総括した言葉を、ため息交じりに慎は吐いた。
「はぁーっ……やっぱ現実とゲームって違うや。敵だからブッ倒して終わり! って訳に行かないのが……」
「……そうだね。なんだかんだで、ソシャゲーってプレイ内容はシンプルだし」
「自由度高いゲームでも、やっぱ現実の複雑さに勝てんよな……」
ゲームキャラクターの実体化と、それに伴う数々の事件……始まりこそ喜んだし、何なら今も嬉しく思う。けれど慎や礼司の様に、素直に交流するばかりの人間じゃない。いや、むしろ……この現象を好機と捉えたり、特別な力と認識する人もいる。その力を使って、誰もが思うがままに暴れたのが『モール事件』だが、今回の『美術館集団錯乱事件』は、単純な話ではなかった。
「現実の人たち……配信者や警備の人だけじゃない。なんて言えばいいのかな……うまく表現できないんだけど、今この国の空気感が、慎が嫌っている奴なんじゃないかな」
「……もしかして俺、こじらせてたり?」
「いや、そこまでは言わないよ。納得いかない事って、どうしてもあるから。僕だってすっきりはしないし。怪盗だって逃げおおせたんでしょ?」
「…………ごめん。それは俺が逃がしたわ」
「えっ? ま、まぁいいや。ともかく、誰もが納得いく結末なんて、現実じゃほとんどないって話。どこかで誰かが割を食っているし、働きかけても思い通りにいかない所で……その、モヤる」
「語彙力よ」
「言わないでよ。文学は苦手なんだ」
恐らくは……今回の『美術館集団錯乱事件』に勝利者などいない。
慎やオッサンは、事態を阻止しきれず。
『怪盗』は、盗みの最中に無粋な邪魔をされて。
『ゾンビ襲撃』を引き起こした奴は……推測するに、鎮圧が予定より早かったに違いない。
その場にいた多くの人間の思惑が絡み合った結果、全員が不満足な結末に終わった。野次馬枠の配信者や、純粋な美術鑑賞の人間にしても……目的を達成できたとは言い難いのだろう。
ふと、慎が表情を変える。合わせて眉根を寄せた礼司に、もう一度息を吐いてぼやいた。
「俺、オッサンをつまらない大人って言ってたじゃん?」
「あぁ、今回も協力していた井村さん……だっけ?」
「……オッサンが疲れちまったのって、こういう現実に長い事触れて来ちまったからなのかな、って」
「それは……ありそう、だね」
真実を隠し続ける役割……この国を、この世界を、秩序を維持するに必要な人材。けれど反面、簡単に騙されたり、簡単に信じたりする人々の現実を直視する役割……
慎の『つまらない大人』の表現は、的確なのだろう。しかし慎は、以前と同じ意味で口にしない。なんとなしだが、礼司はそう思う。
「あんな風になるしかなかった……か。もうちょい仲良くなったら、深入りしてみるかな」
「……地雷かもしれないから、触る時は気を付けてね」
「だなぁ……これも直感だけど、実体化した『ジャヒー』も絡んでいる気がする」
「もう少ししたら、僕も会ってみたいな。今月はちょっとパスするけど」
「あれ、なんか用事?」
「……最近、コナンのメンタルが優れないみたいで。僕と積極的に会いたいんだって」
その名前を聞いた慎が、神妙な顔をする。
礼司が語る『コナン』とは――それだけ重い存在、何せ映画への出演も夢じゃない『特異点』の入り口に到達した、家庭用ロボットの名なのだから。