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情報封殺は不可能

「……以上が現場の状況です。ネットメディアの規制は?」


 信仰とまやかしの光を振りまく『巫女シスター』を尻目に、専用の端末を使い井村は上へ連絡を入れた。

 本来であれば、井村が担当している部門である。情報の発見と封殺、神秘的な出来事の隠蔽が『本当の』仕事で……たまたま彼が『ゲームキャラ実体化現象』接触したから、現場でも動いているに過ぎない。対峙や討伐は別部門の仕事だが、今回の現象は霊的な物とも相違が異なるらしい。

 しかしそれでも、井村は状況の難しさを理解してしまう。今回の『美術館内ゾンビ騒動』は、被害者と目撃者があまりに多すぎるのだ。


 いわゆる『霊的現象による被害』は、そのほとんどが場所に依存する。神のいる土地、死者のいる家、化け物が憑いたぬいぐるみ……ともかく何らかのモノに依存する事が多い。

 そうした物に一度関わってしまうと、被害者は延々と絡まれてしまう。場合によっては命に関わるが、しかし被害者の数は二桁に届かない事がほとんどだ。加えて、情報が伝染する事も少ない。作り話、本当かもしれない遠い世界の話。そんな風に解釈されるのがせいぜいで、爆発的な認知を受ける事は、ほとんどない。

 だが――今回の事件は規模が違う、状況が違う。はっきり言って、井村自身にもどうなるか全く予測不可能だ。


「えぇ、えぇ、そうでしょうね。今回の事象は、オレたち組織の処理限界を超えています。誰にとっても初めての状況でしょう……『インターネット配信者による、複数の視点から神秘的現象の同時観測』なんてのは、現代になってやっと成立する状況です。昔から神秘と付き合って来たあなた方でも……いや、あなた方だからこそ、どうしようもない」


 息を飲み、苦く唇をつぐむ気配を井村は受け取る。こういう場面でもないと、頭の固くて古臭く、偉そうで神秘的な方々に皮肉ひとつ言えない。それだけ井村の立場は弱いのだが、現在進行形のこの事態において、力関係は逆転していた。


「火消し? 馬鹿な事言わないでください。生放送な上、一人二人の話じゃない。数人なら金を握らせた上で、各種放送から情報を遮断するなり、嘘だったと証言させるなり方法はあります。その後、まとめサイトや切り抜き配信者も片っ端から封殺と偽装情報をばらまいて、それでようやく鎮められるんですよ?」


 今までも『ネット上に本物の霊的現象が掲載されてしまう』事件は、無くはなかった。小規模配信者なら放置したし、動画やバーチャル配信者でも同様。要は『本当かどうかわかりにくい』状況があれば、斜に構えた誰かが『ヤラセ』と騒いでくれる。暇な誰かが勝手に煙幕を焚いてくれるし、真実を探求しようとする者もまずいない。数日気にした所で、何日かしたら別の新しい話題に飛びつく。それが人間だ。

 この手の人間は、同じ話題を引きずるような人間を軽蔑するような傾向も見られる。いつまでそんな話をしているのかと。流行に遅れたつまらない奴だと弾き飛ばす。群れる本能を持つ人間は、置いて行かれないようにと話題を合わせる。そうして『真実』は、簡単に埋もれていくのだ。しかし――


「ほとんどの奴は結局ミーハーなんですよ。話題だから話題に乗りたい。それでどれだけの奴が苦労しているとか、逆に自分たちがどれだけ迷走しているとか、誰が笑っているとか考えない。だけど――『大きな話題』『大きな事件』『大きな事故』は真剣な奴らを一定数作ってしまいます。そういう人間がいる事を許しちまう。今回の事件は――間違いなく『大きな事件』に該当します。少なくても被害者犠牲者は忘れないでしょう」


 ゾンビ騒動の問題はここだ。『ゾンビ化の際に致命傷を負った者、及び迎撃に当たった警官が殺害したゾンビの人間は死亡している』事……今回の騒ぎによって、死んだ奴がいるのだ。

 内訳を確認したが、人種のほとんどははっきり言って自業自得。運が悪かったとか、責務を全うしようとしての殉職もあるが、意外にも何の問題もない普通の市民は少ない。『ちゃんと美術鑑賞しに来た』人間は怪盗騒動の序盤で脱出、あるいはバットマナーの人間にうんざりして抜け出したのだろう。

 目の前で繰り広げられる、大騒ぎに飛びついた野次馬どもが死者の大半。百歩譲って配信者は分かる。話題作りのため、スクープを手にするため、収入を得るためだと。おまけに今回はマスコミの不祥事もあり、狙い目に見えた配信者もいたに違いない。


 わからないのはコスプレした連中だ。祭りと事件の差も分からず、好奇心のまま危機に飛び込む。無責任に事態を悪化させて、いくらでも助かる道がある中で、ことごとく最悪を自分から引いてしまう……


「馬鹿どもが……お前らにも親はいるだろうに」


 井村は無意識にジャヒーを目で追う。関係を失った娘の姿が重なり、次いでコスプレの恰好で死んだ若者が目に入る。瞳孔の開ききった死体は、大人を恨めしく睨んでいるようにも見えた。


***


「マジかよ! せっかく来たってのに!」


 美術館の外側――一見すれば逃げ出したコスプレイヤーに見える男が天を仰いだ。隣にいるのは若い少年……背格好からして中学生だろう。同じように肩を落として、嘆く相方を慰めた。


「でも悪は滅びた。一応、自主的に残党狩りするべ!」

「雑魚の掃討は趣味じゃねぇが……まぁいいや。俺様のありふれた怪物殺し(エクスカリバール)が火を噴くぜ!」

「アーサーカッコイイー!」

「当り前だろ王様だからなァ!」


 そう言って『王様のコスプレをした』『バールのような物』を持った男が悠々と周辺をうろつく。もう一人の中学生も、大切に握りしめた木刀片手に美術館周辺を見て回った。

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