腐らなかった戦士
夕焼け空が広がる校舎の屋上で、六人は各々に楽しんでいた。
『タタリ神』と『オーク』は、酒代わりのジンジャー・エールのペットボトル片手に、割きイカやサラミ、スモークチーズを夢中になって食べている。時折『Nマスター』も混ざって、戦いの苦難や山場、活躍の場の話で盛り上がっていた。
「いやーしかし本当、魔王倒すまで大変だったよなボス。最初は道中さえ絶望的だった」
「初プレイの時はマジで心折れたわ……なんだよラスボスだけじゃねーのか!? って。しかも雑魚が雑魚じゃねーし……」
「それは前々から多々あったろう主殿。ただ、度を越して難所だったのは確かだったが」
話しながら思い出す。勿論、これは彼らが最低の能力者たちの『N』だからこそ絶望的な難所だった。普通に遊ぶのなら、彼らほど苦戦はしない。
『オルタナティブ・ラグナロク』におけるレアリティ評価は四つ。
『N』『R』『SR』『SSR』
先頭から順に能力と入手難易度が低く、『SSR』は最も入手困難で、同時に能力が高い。一応『R』までなら課金なしで並べることも十分可能で、無茶苦茶なバランスだからか、サービスの最初と最後は『SSR』と近い性能の『R』もいた。情報さえ揃えれば財布に優しいゲームではあった。……だからこそ採算が取れなくなり、サービスを終了したのかもしれないが。
よぎった黒い思いを振り切って、彼は和服の仲間に声をかけた。
「この時だけじゃねーが……お前にゃ助けられたぜ『タタリ神』。『ハーミッド』とのコンビが通じないってわかるまで、かなり時間を食っちまったけどな……必要なのは火力と盾役を、一人でこなせるって気づいて、そこで……」
「今まで倉庫番してたオレの出番だったワケだ。嬉しかったぜ、ボス」
慎の胸を、軽く叩く『オーク』。ずっと彼がどう思っていたのか気がかりだった『Nマスター』は、心の中では緊張しながら、しかし表向きは何気ない所作で様子をうかがう。
彼もまた『近衛兵士』と同じように、屈託なく笑っていた。理解できない慎は、遠慮がちに尋ねた。
「そういうもんか? 都合よく頼りやがって……なんて思わなかったのか?」
「いいや全然。だってボス、オレをきっちり最大まで鍛えてたろ? いつでも参戦できるように」
「当たり前だろ。メンツとして登録してるんだ。いつか必要になるかもしれねぇし」
誰であろうと、仲間外れにする気はない。いつどこで、何が役立つかなど分からない。必要になってから慌てないようにと、慎は普段使わない『オーク』の能力値も、限界まで高めていたのである。
それならば、と『オーク』は告げた。
「だったら胸張ってくれよボス。アンタはオレを仲間外れにしなかったんだ。補欠で出番のない暗がりにいるヤツでも、キッチリ声かけ続けてたんだぜ? そのボスに『出番だ』って言われりゃあ……ま、やるしかねぇよな」
覚悟を決め、全く陰のない漢の顔つきで締めくくる『オーク』。堂々とした言葉と感謝を告げられた慎は、照れ隠しで炭酸を一気に飲んだ。その結果
「ごぶぅっ!? んんんっ!?!?!?!?」
変なところに炭酸が入りかけ、慌ててむせた。逆流した炭酸が鼻の粘膜を刺激し、しゅわしゅわ弾ける液体が、慎の涙腺をうるませる。慌てて二人が近寄った。
「おお? 大丈夫か主殿?」
「ボスボス! コレ使え、コレ」
手ごろな布きれを『オーク』から手渡されて『Nマスター』が鼻をかむ。
そのまま顔を拭いて、涙の跡をどうにかごまかした。
(イイやつ過ぎるぜ……怨まれてるかもって思った俺が情けねぇよ……)
『オーク』は、慎のことを暗い目つきで見てはいなかった。それどころか、鍛え上げた事に感謝してすらいるのだ。
――何をしても、誰も気にも留めない暗闇に居る人には、ささやかな言葉と善意でさえまばゆく映る。
ああ、そうか。だからきっと、ほぼすべての『N』たちが自分のところにやって来てくれたのか。鈍く遅い理解だったが、『Nマスター』は彼らがしきりに告げる感謝を、ようやく素直に受け止めることができたのだ。だから慎も、ちゃんと声に出して伝える。
「……ありがとな」
真っすぐに『オーク』と目を合わせて、布きれを彼に返す。ぱちくりと何度か瞬きをした『オーク』は、急に照れくさそうに頬を赤らめて受け取った。
「礼を言うのはコッチだぜ、ボス。もうしばらくオレたちと付き合ってくれよな」
「あったりまえよ! また敵キャラが出てくるかもしれねぇからな! 現実だとわからない所もあるし……そうだ、明日になったら戦闘演習でもするか!」
「おっ、いいねぇ!」
「勿論、終わった後は宴会を――」
「いやいや! 毎回はできねーから! オレ学生だから!!」
どっ、と笑いが湧き上がる。気を許した相手、苦楽を共にした仲間たちとの他愛のない会話は、なんと心地よく、どうしてこうも楽しいのか。安ものだらけの品々であっても、そこを囲む輪が愉快ならば、些細な事なのかもしれない。共に困難に立ち向かった仲間だけの宴は、まだまだ続く……