長い一日
それは、実に長い一日だった。
始まりは二週間前、怪盗の犯行予告からだ。テレビ局をジャックし、堂々と予告を全国県にぶちまけた事がきっかけだ。
テレビ番組はヤラセ疑惑などで大炎上し、同時にネット上で話題となった。便乗狙いの配信者が群がったのもあるが……悪意ある第三者の扇動により、コスプレ集団が大量発生。その中に『本物のゾンビ』が混じっているとも知らず、怪盗の登場を待ちわびていた。
とはいえ、阿呆ばかりではない。警察や『ゲームキャラクター実体化現象』を追っている者たちは、阻止すべく警備体制を強化。未然に事件を防ごうとしたものの、それを嘲笑うかのように怪盗は華々しく登場。『ゴッホのひまわりの贋作』を手に脱出しようとした。
しかし井村蔵人をマスターとする『ジャヒー』と、樋口慎の仲間たち、最低レアリティのキャラクター達により逃亡阻止、一時的にとはいえ捕縛に成功する。
だが……ここで第三者が蒔いた悪意が芽を出した。
コスプレ集団に紛れていた『ゲームキャラクターのゾンビ』が、積極的に活動を開始したのだ。刺激的なショーを見物し、録画し、自らのチャンネルを伸ばそうとしていた者たちは……よくできた仮装と勘違いし無防備に接近。結果として次々と襲われてしまい『ゾンビの大量発生』が美術館内部で起きてしまった。
こんな事態は誰も想像しておらず、警察もなんとか対応するような状況に。パニック・ホラーさながらの状況に陥るが、人員の多さが幸いしたのか、設備内でどうにか封じ込めていた。突発的な事態に、井村が『怪盗のしわざ』と疑う中、怪盗を質問攻めしていた慎は確信した。
怪盗は『ゾンビ騒動に関係していない』と。そんなスキルや技能は保持しておらず、また『チンケな盗みではなく、怪盗らしく生きる事』に拘る相手と認識。ゾンビ化の原因をばらまくとは思えず、さらにたまたま配信画面に映った相手を見て顔色を青くした。
どうやら『怪盗のマスター』が、怪盗を心配して美術館内に入ってしまったらしい。後で怒られると知りつつも、慎は怪盗の縄を解き『理解のあるマスターを助けてやれ』と解放する。地下駐車場から去った怪盗を無視して、慎たちは地下から出ようとするゾンビへの対策を始めた。
動画と井村の証言を確認した慎は、この事態への対策を考える。恐らくこの現象は『感染源のゾンビ』が存在し、コスプレ集団に紛れて広げたに違いないと推理。『ゲームキャラクターのHP』を認識できる自分たちが、無数のゾンビから『感染源のゾンビ』を撃破すれば収拾できると教えた。
手伝えと叫ぶ井村、地下駐車場で足止めすると留まる慎。仲間の一人『巫女シスター』を補佐に送り込んで、事態の解決を井村に託す。
が、思うようにいかない。黒幕は慎たちを計算に入れていた。
他の手駒もコスプレ集団に紛れさせ、本番の前に感染させ、ダミーとしてばらまいたのだ。ネット配信越しに高笑いし、何らかの目的を達成する黒幕。このまま彼らの思い通りになりそうだったが、ある人物がゾンビの心臓を盗んだ。
解放された怪盗が、慎に借りを返す心意気で行動を起こしたのだ。無線機をハッキングし、その旨を伝える怪盗とそのマスターの少女。慎は井村に連絡を入れ、事件の解決を伝えたのだが――
***
「こんなんで事件解決なワケねぇだろ」
ヤケクソなのかキレたのか、ぼやいた井村本人にも分からない。確かに美術館のゾンビ達はいなくなったが、問題は犠牲者たちと『元ゾンビ』の扱いだった。
「滝沢、体調はどうだ?」
「………………」
ゾンビ化してしまった人間の一人に、井村蔵人は声をかける。他にも大勢『元ゾンビ』がいるが、警官たちは隔離して距離を取っていた。
……無理もない。先ほどまで理性のない化け物だったのだ。症状が『再発』しないとも限らず、そもそもの原因も理解不能。状況を把握しているのは、この場において井村と樋口ぐらいだろう。
あぁ、あとは彼ら彼女らだったか。
「もう大丈夫なの。次の人、もう少し待っててほしいの」
「シ、シ、シスタァアアッ!!」
「シスター? ノンノン! 私は『巫女シスター』なの!」
キャラが先ほどと全然違う。疲れ果てたオッサンはため息をこらえた。
樋口慎が寄こしたキャラ……『巫女シスター』は傷を癒すスキルを持っている。状態異常も回復できるらしく、ゾンビ化の予防として『Nマスター』が派遣したキャラクターだ。
和装の巫女と洋装のシスターをごっちゃにした人物だが、この場においては大いに役に立つ。負傷者の治療もそうなのだが、元ゾンビの人物に祈祷か祈りを捧げて『もう大丈夫』と励ましているのだ。
……実際の原因とは全く異なるし、色々ともうツッコミ所しかないのだが――しかし人間と言うのは、デタラメでも救いを求めるらしい。一人一人丁寧に祈りを捧げ、お祓い棒と十字架を振りかざして、キラキラとした光を降り注ぐ。それをありがたがって受け取り、元ゾンビは胸を撫で下ろす。警官たちも半信半疑だが、既に異常な現実に飲まれたのだろう。シスターの祝福を受けた人間は、美術館を出る事を許されていた。
何人もの人物に光を注いだ『巫女シスター』は、滝沢の所に歩いてくる顔を見て気が付いたのだろう。かける声色を変えていた。
「あなたは……久しぶりなの」
「えぇ、そうですね」
懐かしい。もう時間が経ったが、モール事件の際に二人は顔を合わせている。あの時も被害の出た施設内で、シスターは治療に当たっていた。
だから、まぁ、滝沢はなんとなしに察している。だから試しに、小さな声で尋ねた。
「シスター……これは本当に治療しているのか?」
「……状態異常を治すスキルって、空撃ち出来るの。効果が無ければクールタイム無し」
「?? つまり?」
「本当はすぐ出ても、ゾンビ化なんて再発しないの。だからこれは、心の安寧を与える演出なの」
「……えぇ?」
「でも、こうしないと納得できないの。……私は完璧で究極の『巫女シスター』になる事で、みんなを安心させるの」
「そ、そうか」
何を言っているかさっぱりだが、必要な事なのだけは分かる。何の効果も無い祝福を受けとってから、滝沢は仲間の警官の所へ戻っていった。