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「君への借りはこれで返した」

「爆破しやす! 離れて下せぇ!」

「全員後退は済んだな!? 耳を塞げ!」


 慎の隣で、再び『ゴブリン』が遠隔起爆スイッチを押す。直後に派手な爆発を起こし、またしても『ゾンビ』の進路が塞がれた。

 しかし……流石に彼らにも疲労の色が見える。複数の車両を巻き込んだ爆発だが、それだけ彼らは切羽詰まっていた。


「ダンナ、もうあっしも限界が……!」

「だよな……オッサン、まだか!?」


 無線機に声を吹き込むが、ノイズばかりで反応がない。まさかやられてしまったのか? いや、SSRがついていて、それはない。出撃枠が消えていない事から、『巫女シスター』も健在だ。なのに連絡が取れない現状は、慎の焦りを増幅させるに十分だ。


「もう駐車場入り口付近まで『ゾンビ』の群れが迫っている! これ以上は持たないぞ!!」


 地下入り口、駐車場の出入り口は一つ。駐車場に至るまでは複数の経路があるが、車が出入りする箇所は限定される。だから……慎がここで抑えていれば、地下から外へ『ゾンビ』が出る事はない。外周出入口は警察が止めているだろうが、その分こちらがノーマークなのだろう。上は上で大混乱だろうし、仕方のない事ではあるが……


「……一旦控えに戻ってくれ」

「……休みが欲しいのは本音ですが、大丈夫ですかい!?」

「次の出番まで持たせてみせる。ただ……確実に地獄に違いないが」

「わかりやした。やられないで下さいよ! ダンナ!」

『――その必要はない』


 聞こえた声は、井村のオッサンの声ではない。涼やかな、どこかキザっぽい声色は聞き覚えがある。誰のものか……と考えるより先に、驚愕の変化が訪れていた。

『ゾンビ』たちが力が抜けたように、急にバタバタと倒れていく。立ち尽くすのはHPバー持ちのキャラクター……何かは分からないが、驚き立ち尽くしているように見える。この事態を拒絶しているような気配を見て――慎は直感のまま指示を出した。


「『デミエルフ』! HPバー持ちを狙撃!」


 事態解決を拒むなら、敵対勢力である可能性が高い。仮にそうでなくても、キャラであれば一日で復活だ。勘違いなら、後でマスターに謝ればいい。取り返しのつかない失敗ではない――

 即座に思考を回した慎に従い、遠隔から『デミエルフ』の弓矢が放たれる。彼の信頼に完璧に答えた彼女は、残党キャラクターを撃滅した。

 元々『ゾンビ化』の状態異常もあって、消耗していたに違いない。感染してしまった一般人が呻いたり、うずくまる中……残党は全滅したようだ。

 しかし納得いかない。何が起きた? 最低限想像できるのは――


「これは……『感染源のゾンビ』をやったのか? なのになんで……オッサンと『巫女シスター』は何も言わねぇんだ?」

『当然さ。君と話しているのは……君の仲間ではない』

「……その声は」


 僅かに落ち着いた頭が、声の主を理解する。実に芝居かかった、そして達成感に満ちた声が、ブルートゥース越しに聞こえて来た。


『『感染源のゾンビの心臓』――確かに頂いた』

「怪盗・石川二十面相三世……!?」


 ――無線はオッサンや警察のモノだし、怪盗が割り込める余地はない。そもそも、慎に対して話しかける動機も分からない。今更声をかける理由も分からず、素直に慎は問いかけた。


「どうしてオレに声を……いやそもそも、どうやってこの無線に割り込んだ?」

『はっはっは……警備機械をごまかすのも怪盗の基本さ! 君と戦った時に、電撃を使う技を見せただろう? アレ、本当はハッキングが主な用途でね。君から恩赦おんしゃを得た時、君の無線にこっそり仕込ませてもらった』

「ぬ、抜け目のない奴……!」

『申し訳なくは思ったが、怪盗稼業はシビアな世界さ。裏切り裏切られるのも日常茶飯事、ましてや元々が敵同士なら……ね』

「………………なるほど」


 混沌怪盗の言い分は、すぐに思い浮かぶ事柄があった。確か元ネタの一つに、よく裏切る女スパイめいた奴がいた。電子機器による厳重な警備も、そしてそれを如何に破るかも……怪盗稼業の作品で、見せ場となる事が多々あった気がする。慎が最低限納得した所に、怪盗は自らの言い分を述べた。


『私を釈放した後、君とオッサンの無線は傍受させてもらった。状況も把握している。私の勝負に水を差す無粋者の存在も、それによって私の雇用主マスターが危険にさらされたのも、ね。

 だから、まぁ……君に借りを返し、黒幕の計算を狂わせることにした。『感染源のゾンビ』は私が仕留めておいたよ』

「いやいやいや! どうやって見つけた⁉」

『はっはっは! 隠された重要な物を頂くのが怪盗さ! それが腐った死体の核であろうと、隠し場所は想像できる。こちらはプロなのでね』

「ゾンビどもの群れを、どうやってかいくぐったよ?」

『あんな鈍い木偶の坊、いくら数を揃えても警備にならないさ』


 慎はあっけに取られ、腹の中から変な笑いがこみ上げて来た。聞けば聞くほど、この状況で『ゾンビ』を仕留めるに、怪盗の技能はうってつけ。ゲーム補正で状態異常も効かないから、感染しても自前で治療できる。

 なんと言う噛み合い。なんと言う偶然。この絶望的な状況を、一瞬でひっくり返すジョーカーがいたとは……こんなの、誰だって笑うしかない。


『ま、後始末を丸投げで悪いが……私も捕まる気はないのでね。君への借りはこれで返した。私と雇用主マスターは失礼するよ』

『……ありがとう』

「!」


 最後、高い女性の声が聞こえた。恐らくは、怪盗のマスターの者だろう。

 これでめでたしめでたし……とはいかない。色々と、オッサンは文句を言うのだろうが――慎は、自分の選択を、後悔はしなかった。

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