「キングが前線に出張る訳がない」
電源の落ちた地下駐車場で、樋口 慎は必死の抵抗を続けていた。
外周に『デミエルフ』を配置し、ゾンビが拡散しないよう見張ってもらい……SSR持ちの井村のオッサンへ、状態異常を治癒できる『巫女シスター』を派遣。残りの召喚枠は三つだ。慎は『ハーミット』『ゴブリン』『スライム』の三名と共に、屍の群れと対峙していた。
「マスター! 左手側がもう……!」
「右手の奥も厳しいですぜ!? 徐々に押されて来てる!」
「――くそっ! 『ゴブリン』! 爆弾の配置は!?」
「終わってやす! ただ、今起爆すると巻き込まれちまいますぜ!?」
「分かった! 『スライム』! 扉への封鎖をやめて、地べたに『べとべと液』を散布! 敵の侵攻を遅らせろ! その間に全員でラインを下げる!!」
「それだと『スライム』が巻き込まれますよ!?」
「……わかってる。だが他に言い手が無い! 損な役回りだが――頼むぞ!」
後ろめたさから、慎は濁した言い方をする。けれどゲル状生命体は、忠実に指示を実行した。長く引き伸ばした身体を扉から引っ込めると同時に、解放された屍たちが殺到する。途端に雪崩込むゾンビどもは、足元に広がったゲルに足を取られて転がった。
まるでトリモチ式のネズミ捕りだ。粘液を引いてもがくが、腐った知性じゃ抜け出せない。稼いだ時間で、慎含む仲間たちが後退を完了させると……『ゴブリン』が手元に握ったスイッチを押し込んだ。
小さく澄んだ電子音の直後、仕込んだ爆薬が『油壷』をまき散らし、そのまま即座に発火。一瞬で巨大な火の手を上げ、灼熱のカーテンがゾンビの群れの侵攻を阻む。火の手の隙間からニュルリと『スライム』が這い出し、HPバーが削られている。無理に笑顔を作って無事を伝えたが、返って痛々しく感じてしまう。後ろめたさから、それとも戦術的判断か分からないが、慎は仲間を労った。
「これでしばらくは時間を稼げる。『スライム』は控えに戻って休んでくれ。少しでもHPを残しておいて欲しい。近衛騎士、代打を頼めるか?」
“承知しました”
控えに戻した自動回復は微々たるもの。けれど、今は回復役の『巫女シスター』を派遣中だ。即効性の回復手段が手元にない以上、微弱な回復も侮れない。何より『スライム』の性質は応用が利くため、重要な局面まで温存しておきたい気持ちもある。すぐに霊体となって休むゲル状生物に代わり、白い鎧の兵士が現場を見据えた。
「また戦闘が始まったら『近衛騎士』に前衛は任せる。『ハーミット』は魔術で敵の侵攻を抑えてくれ。『ゴブリン』は油壷を地形に仕込んで着火に備えろ」
「ダンナぁ……備えろと言わず、遠隔で爆破しろでいいですぜ?」
『ゴブリン』が手に持った小さな金属をもてあそぶ。先ほどもやって見せていたが、遠隔操作用のスイッチだろう。いわゆるリモコン爆弾に該当する武器だが、そんなスキルは『ゴブリン』は持ち合わせていない。ゾンビの第一波を抑えた慎は尋ねた。
「いつの間にそんな技覚えたよ……?」
「へへへ……この前ご友人と話した後、電子機器について興味を持ちましてね。時間ある時にちょっと勉強して、コイツを作っておきました」
ツッコミ所は多々ある。ちょっと勉強しただけで、扱えるようなモノではない気もするし、材料だって不明だ。何より何故? 様々な疑問を浮かべる慎に『ゴブリン』は答えた。
「爆弾魔が、遠隔起爆にロマンを求めちゃおかしいですかね?」
「怪盗の動機と似てるなオイ」
「それは言わないお約束。でも実際便利だし、ダンナも助かるでしょ?」
「……まぁな」
スキルの『油壷』はともかく、『手投げ爆弾』は射程が短い。原始的な仕組みの爆弾は、起爆時間も調整が難しい。けれどリモコン操作なら、起爆タイミングに融通が利く。察しの良い相手に通じないが、ただ単純に向かっていく『ゾンビ』なら効果抜群だ。現に今も広がる炎の壁は、慎たちと敵を防御する壁となってくれた。おかげで少しだけ、考える時間が生まれる。慎は後衛の『ハーミット』に問うた。
「なぁ……俺の見間違いじゃなきゃ『ゾンビ』の何体かに『HPバー』が表示されていたよな?」
「マスターも気づきましたか」
「そーいやそうですネ。って事は、そいつらのどれかを倒せば……」
「いや、それは『ない』だろう。絶対に」
断言する慎に、仲間たちは目を丸くする。マスターの発言に対し、彼らはその根拠を尋ねた。
「どうして断言できます?」
「感染源の『ゾンビ』を潰せば、恐らくパンデミックも収束する。
って事は――混乱を起こしたい側からすれば、最初の『ゾンビ』はチェスのキング、将棋の王将だ。取られたら詰みになる駒を、前線に出すとは思えない。キングが前線に出張る訳がない」
道理だった。取られたらオシマイの駒を、最前線に出す訳がない。慎が例えに出したボードゲームでも、最重要駒は出来るだけ戦場から遠ざける。自分や彼らの目に留まるような所へ出る訳がない。
慎は理由を考える。敵が悪意を持って騒動を起こしている以上、何らかの狙いがあるはずだ。悪意を持った悪趣味な野郎の、クソッタレな狙い……そんなもの、すぐに思い至った。
「まさか――俺みたいな奴が来る事を予想して……!?」