表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/192

「一発クサレ野郎を殴らせろ!」

 闇の中……ブルートゥースに耳を傾けていた井村は、腹を決めた。

 樋口の言い分は子供じみていて、ゲームにドップリと浸かった人間の言動だ。かの少年の人柄は信用出来るが、真剣に取り合う気になれない。

 が、そうだとしても――唯一の『治癒能力持ち』を移動させ、事態解決の希望があると樋口の託した行動は、無碍むげに出来ない。つまらない大人を自認するが故に――自己犠牲の精神は、井村には眩しすぎた。


「ったく! オレはそんなに立派じゃねぇんだけどな!!」


 高校生のガキが腹を決めたのだ。大人の井村がやらなくてどうする。能力のない人間が無駄にプライドを張って、返って足を引っ張るより――力ある人間に託し、リソースを集中した方が、はるかに良い。複雑な思いに駆られながら、屍の群れを睨むと……やって来た『巫女シスター』が咆えた。


「なんだっていいの。早く『ゾンビ』を倒すの!」

「……わかってら」


 ふざけた格好のお目付け役だが、これで何もしませんでした。失敗しましたでは話にならない。大量の化け物の……化け物になってしまった人を潜り抜け、ゲームから飛び出した『ゾンビ』を探す。すぐに思念を『ジャヒー』に送り、現場へ対応させていた彼女に呼びかけた。


“わかった! 急ぐねパパ!”


 今まで『ジャヒー』には、周辺にデバフスキルを使って『ゾンビ達の進行遅延』を頼んでいた。能力値の低下は、リアルの人間相手にも有効。調子に乗った契約者バカどもの粛清中に実証済み。ならば『ゾンビ化』した人間相手にも効果あり。元々鈍めの挙動が更に遅くなり、確実に感染拡大を抑えていたと言える。


≪『ジャヒー』! お前には――『HPバーのあるゾンビ』は見えたか!?≫

“三体ぐらい見た気がする!”

≪は!? 三体!? ま、まぁいいや。ともかく『HPバーのあるゾンビ』を片っ端から倒せ!≫

“うん!”


 どういう事だ? 感染源は一体の『ゾンビ』では無いのか? ちらりと『巫女シスター』に目を向けるが、すぐに彼女は首を振った。


「樋口に聞ければ……」

「今、向こうも向こうで修羅場なの!」

「ちぃっ! 全滅させるしかねぇか!!」


 何にせよ『HPバー』が存在するなら、そいつが『オルタナティブラグナロク』キャラクターな事は確定だ。樋口や井村、そして怪盗でないのなら……どれかが確実に『感染源のゾンビ』に間違いない。


≪『ジャヒー』! オレも出来る限り探す! このクソッタレな状況を終わらせるぞ!≫

“わかった! でも無理しないでね!!”

≪無理でも、オレがやるしかねぇんだよ!≫


 英雄なんて柄じゃないが、他にやれる奴もいない。ここで井村が止めなければ、本当に収拾がつかなくなる。明かりの落ちた美術館内は、警官による封鎖と避難が進んでいたが、それでもやはり、全てに目は届かない。完璧なのは出入り口が限界で、ゾンビの群れへ向かう井村を止める奴はいなかった。


「! こっちも一体見えたの!」

「孤立してる。やれるか? 嬢ちゃん」

「不向きだけど……やるしかないの!」


 腹を決めたのは井村だけじゃない。補助役、回復役として派遣された『巫女シスター』は、最弱な上に補助役だ。戦闘は圧倒的に不向きな人材だが、そんなこと言ってる場合じゃない。不向きだろうが何だろうが、今この場にいる者がやるしかないのだ。

『巫女シスター』が首の十字架ロザリオをかざすと、清浄な光が放射される。悪魔祓いの何かだろうか? ゾンビ物映画なら、祈りは届かず悲鳴だけが木霊こだまするが、ゲーム出身者は一味違う。摩訶不思議パワーを投射されたゾンビたちはよろめき、ぐらりと揺らいだその間を、井村と『巫女シスター』が駆け抜けた。


「って、あなたまで前に出る必要あるの!?」

「一発クサレ野郎を殴らせろ!」

「……気持ちは分かるの」


 柄じゃないと言いつつも、独特な空気に井村も飲まれたのだろう。程よい長さの『美術館内の立て看板』を鈍器にして持ち、よろめいたゾンビどもを押しのけつつ進む。HPバーの見える個体もゆらゆらと動き、大きな隙を晒していた。


「この……クソ野郎がぁっ!!」


 ポールを鉄パイプの代わりにして、腐った死体にフルスイング。腐敗したバスケットボールの芯を捕え、大きく人型が吹っ飛んだ。

 怒りを込めた一撃の評価は、HPバーによって示された。ゴリッと削れた表示に、隣の巫女シスターが表情を変えるが、憤怒に飲まれた井村は気づかない。ブチ切れた大人の本気が、案内板を返り血で濡らす。連続で殴打を繰り返すと、意外な事にあっさりと事切れた。

 抵抗らしい抵抗もなく、HPバーの尽きた『ゾンビ』が消滅。まだ溜飲が下がらない井村だが、巫女シスターの眼差しで冷静さを取り戻した。


「……すまん」

「頭に来るのは分かるの。でも……ハズレみたいなの」

「……そうなのか?」

「感染源を倒せば、即座に『ゾンビ化』は治るハズなの。でも……」

「周囲が騒がしいままか。ま、でもこうやって一つ一つ潰して行けば、いつか本命を潰せるだろ」

「……」


 前向きに事実を述べたつもりだが、何故か『巫女シスター』の反応は優れない。

 ――奇しくもその表情は、彼女のマスターと酷似していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ