感染源を探せ!
「で、樋口……どうすればいい!? この事態を収拾できるのか!?」
オッサンこと井村は、ブルートゥースに吹き込む声を強くした。
動機や理由、経緯も必要だが……今、もっとも必要なのは事態の解決、そしてそのための行動と手段である。無意味とは言わないが、慎の考察は優先順位が低いようにも思える。要点を聞き出したい大人へ、必死に何かを思い出しながら告げた。
『あのゲームの仕様通りなら……『ゾンビ化』は確か『状態異常』扱いだったはず! それを回復させるスキルを『ジャヒー』は持ってないか!? 毒とか麻痺とか、そういうのを回復する系列のスキル!』
「んなのお前のが良く分かってるだろう!?」
井村は、あまりゲームの内情を知らない。だから樋口の方が詳しいだろうと言う意味で伝えたのだが、彼は若干勘違いしたらしい。難しく唸りながら『Nマスター』は答えた。
『やっぱりそうだよな……『ジャヒー』は状態異常をバラまく側だし、解毒能力はむしろ『怪盗』のが得意か。つーかあのスキルは、自分だけが対象だったっけ?』
「お前の手持ちにいねぇのか!?」
『悪い! 『巫女シスター』だけだ! しかも治せるのは一度に一人だけだし、再使用も長い! 今そっちに向かわせてるけど、焼け石に水と思ってくれ!』
「いっぺんに纏めて治せねぇのかよ!?」
『そういうのは高レアリティの仕事! 最低レアに求めないでくれよ!!』
さもありなん。かの少年の手持ちキャラは、数こそ多いが一人ひとりの能力は低い。恐らく高レアリティであれば、まとめて回復させたり、こまめに発動させられるのだろう。それでも全く抵抗できないよりはマシか。
溜息を洩らした所で、樋口のキャラの一人……巫女服と修道女の服をごちゃまぜにした、滅茶苦茶な恰好の女性が目を合わせてくる。――知らなければ、コスプレ集団と誤解するだろう。緩めてはいけないと知りつつも、この恰好を見て『脱力するな』は無理がある。ゲームが元なのだから、仕方ないと言えば仕方ないが……何とか気持ちを取り直して、井村はふざけた格好の女に話しかけた。
「――あんたが樋口のキャラか?」
「そうなの。治したい人、どこなの?」
「多すぎて無理だよ。オレがやられそうになったら治療してくれ」
「……申し訳ないの」
涼しい表情に見えて、巫女服と修道服を混ぜた女の声には、己の無力を嘆く響きがあった。力不足に歯がゆいのは、他ならぬ低レアリティの本人かも知れない。一度ずつしか回復できないが、これで一応は井村が『ゾンビ』になるのは避けられる。合流したと樋口に伝えると、彼はもう一つの方法を示した。
『もう一つ考えられるのは……感染源の『ゾンビ』を撃破すりゃあいい!』
「どういう事だ?」
『さっきも言った通り、これは『ゾンビ化』っつー状態異常だ。ゲーム内の解除方法は二つ。回復系スキルを当てるか……感染元になった『ゾンビ』を倒す事!』
このパニックを引き起こした大元の感染源。悪意の源となった『ゾンビ』を倒せば、この現象は収まると言う。それで本当に治るのか? 疑念を投げかけた所、樋口ははっきりと断じた。
『信じられないかも知れねぇけど、それが『オルタナティブラグナロク』の仕様だった! 実際、苦戦したステージの一つで、同じ処理がされていたから間違いない!』
「ゲームと現実が違う可能性は!?」
『それならもう、俺達が何しようが手づまりだよ!』
ゲーム内の仕様通りでなければ……ゾンビ物の作品と変わらない状況ならば、井村や樋口がどう足掻こうが、ここまで感染者を生み出した時点でアウト。真偽を論じるより、試してみるしかない。最低限呑み込んだが、それにしても井村は無茶ぶりと感じた。
「そうは言うが……もう『ゾンビ』は爆発的に増えてるぞ!? どいつが感染源の『ゾンビ』かなんてわからない……」
『オッサンや俺なら分かる! キャラクターなら『図上にHPバーが見える』だろ! そいつが『キャラクターのゾンビ』……感染源だ!』
「!」
そうだ。樋口や井村なら――『オルタナティブラグナロク関係者』なら、キャラクターの頭上に『HPバー』があるのが見える。巻き込まれた感染者の中にいたとしても、自分たちなら一発で見分けがつく!
『『図上にHPバーのあるゾンビ』がいるハズだから……そいつを何が何でも探し出してブチ殺してくれ!』
「樋口! お前も手伝え!」
『――そうしたいのは、山々なんだけどさ』
切り出した樋口の声は、妙な悲壮感がある。嫌な予感が走った直後、無数のうめき声と戸を叩く乱暴な騒音がノイズとなって走った。
「樋口!? どうした!?」
『地下駐車場の入口を、ゾンビが出ないように封鎖してる。今は小さなドア手前で抑えてるけど、そのうち限界が来るなこりゃ。後ろにも何か所か、仲間と一緒にバリケード作ってるけど……いつまで持つか分かんね』
「おいおい! こっちにキャラを寄越してる場合か!?」
聞く限り、窮地に思える場面。なのに唯一の治療可能なキャラクターを、井村の側に派遣したのか? 案じる井村に対して――返ってきたのは『Nマスター』の覚悟だ。
『馬鹿言っちゃいけねぇ! オッサンの『ジャヒー』なら、Rキャラの『ゾンビ』は瞬殺できるけど……俺の『N』のキャラじゃ時間かかるし、その間に逃げられるかもしれない。速攻でカタを付けるなら、俺が闘っちゃダメなんだよ。一番使えるキャラ……あぁ悪い、一番使える人間を、一番手厚く強化して保護しねぇと、勝てるモンも勝てねぇ』
実にゲーム的な言い回しだが――最も可能性のある人間に、最も力を注ぐべきと樋口は言っている。そして今、この状況において……可能性があるのは、自分ではなく井村だと言っている。
ただのガキと思っていたが――評価を改める必要があるかもしれない。樋口は朗らかに、悲惨な言葉を投げてよこした。
『最悪、俺が『ゾンビ』になっても――オッサンが感染源叩けばチャラだ。だから気にすんな』
「その歳で、なんて割り切り方しやがる」
『最弱キャラ使い込んでいりゃ、嫌でも割り切りは覚えるよ!!』
井村は、深く深くため息を吐いた。
混沌とする現実に、頭のキレたガキ。それに立ち向かうのはつまらないオッサンと、付き従うSSRの褐色肌少女。そして託された『巫女シスター』の三人ときた。
一から十までふざけてるが、それでも自分がやるしかない。
柄じゃないな、とぼやいた後……井村蔵人は、鋭い目線を『生ける屍』の群れに向けた。