自由とらしさの副作用
「……本当にいいのかね」
戒めを解かれた怪盗も、対面したキャラクターやそのマスターの顔も、一人残らず苦々しい表情をしていた。互いに今の状況に納得がいかず、感情を処理しきれない。それぞれの立場や思想からしても、綺麗に話を纏められはしなかった。
現に慎は、目を合わせず告げる。
「良くねぇよ。これじゃリビングアーマーが無駄死にだ」
「…………その上で、解放すると?」
「そうだよ悪いか?」
「……君の他の仲間にとっても、背信行為ではないかね?」
「だぁぁあっ! よりにもよってアンタが、俺の気持ちを揺さぶるんじゃねぇよ!!」
問答にじれったくなった慎が、逆上するように咆えた。
分かっている。今から慎がやることは……オッサンにとっても、リビングアーマーにとっても裏切りだ。せっかく捕縛した『怪盗』を逃がすなど……知られたら大目玉じゃ済まない。彼らへの不義理を分かった上で、慎は慎なりの判断を下した。
「アンタにだけは説教されたかねぇな! これから自由になるってんだから、むしろ感謝して欲しいぐらいだね。……アンタが大好きなマスターを助けてやるんだな」
「……私を信用すると?」
「――最後に一つだけ確認。コスプレ連中や配信者の煽動は、アンタが原因じゃないんだな?」
「利用はしたが……あれは自然発生ではなかったのか?」
「オーケー。今の反応で……ゾンビ騒ぎは白だ。それだけは信じられる。ほら、喋ってないでとっとと行った行った! あぁでも、俺はアンタに逃げられたって事にするからな!」
「……勝手にしたまえ」
そういって「しっしっ」と手で追い払うようにして、せっかく捕えた怪盗を解放する慎。怪盗も怪盗で、こんな展開は予想してない。釈然としない物を感じつつも……恩義は忘れないタチのようだ。シルクハットを軽く上げ、慎達に頭を下げてから駆け抜けていく。
本当は……盗まれた品を取り返したりとか、マスターの情報を吐かせるとか、やるべき事はいくつもあった。恐らくオッサンであれば、絶対に逃がさなかっただろう。常識的に考えて、慎のやっている事はあり得ない。全部頭でわかった上で、慎は己の心に従った。
(怪盗のマスターは……嫌々やらせて無かったからな。そこは俺の誤解だったよ)
慎が憤る最大の要素は『キャラクターを、マスター側が私欲のために、道具のように扱うかどうかか』だ。
『Nマスター』として『オルタナティブラグナロク』を遊びつくした彼にとって……キャラクターは大切な仲間だ。画面越しであろうとも、同じ敵と対面した戦友である。
その存在を、大切な関係を無視して、私欲のために振るうなど言語道断。てっきり怪盗行為も、金ではなく何か……注目を集めるとか、顕示欲とか、ともかく幼稚な理由があると思っていた。いや、まぁ、動機に関しては身勝手に違いないのだが、慎の想像していた状況と異なっていた。
(マスターの女……少女っつっていたが、怪盗に盗みを『させていた』んじゃ無かった。つーかむしろ、怪盗が盗みをやる事を黙認していた……)
怪盗の感覚は、常識からかけ離れているが……全く意味不明な言い分でもない。
盗みを働かない怪盗は、怪盗と呼ぶ事は出来ない。常識か自己かの二択を迫られた時に……彼らは自己を優先した。
その生き方は慎も肯定できる。出来てしまう。他ならぬキャラクターを肯定し、彼等らしく振る舞う事を『良し』とする慎は、怪盗とその少女の生き方を、少なからず慎は自身と重ねてしまう。複雑な感情を浮かべた慎に……同じく怪盗を見送っていた『タタリ神』『オーク』の二人も、彼と似たような表情をしていた。
「怪盗としてらしく振る舞いたい……ね」
「そういうキャラ付けされて生まれた以上、仕方がないと言えばそうであろうな。我とて『祟る神』以外のモノには早々なれぬ」
「生まれ持った性って奴か」
生まれ持った性質、生まれ持った気質。誰にも理解されなくても、自分だけが知っている『核』――簡単に捨てることも、歪める事も出来ないソレは、周囲から無理解に晒される。
かといって――常識的に生きようとすれば、今度は自分自身の胸の内に、強く抑圧された何かが暴れそうになる。しかも厄介な事に、現代ではこの感情が、何かにつけて暴発しかねない状況が多々あった。
多様性や自由を大きな声で口にする。自分らしく生きる事を認めよと、多くの人が耳にする今の時代。けれどその実、それらの言葉の裏には……無秩序や混沌、犯罪行為に繋がりかねない部分もある。当たり前に流れたその言葉は、抑圧されている『核』を、否応なく刺激するだろう。
あるいは、そんな風に無責任に吐いた『らしく生きよう』と言う言葉が、怪盗や少女の背中を押したのかもしれない。
そして――ここで怪盗をあえて見逃す。そんな行動が慎に許されたのも……『自由があるから』『自分のらしい感情を優先したから』とも、言えるだろう。誰の眼にも見えないところで、ちょっとしたズルを働く人間は珍しくない。
問題はその自由な感情が……時と場合によってはえげつない被害を生むこと。怪盗然り、それを逃がした慎然り、自由に生きた結果誰かが被害をおっ被る。
ならばせめて……後始末ぐらいはちゃんとしなければ。
慎は、オッサンに謝罪しつつ、新たに見えた部分を話した。
「オッサン! ゾンビ騒ぎは『怪盗が犯人じゃない』! 多分だけど……『ネットでコスプレイヤーや配信者を煽動した奴』が真犯人だ!!」