誰もいない身近な場所で
騒がしい事件が起きた、その日の放課後。屋上に続く階段の前に一人の生徒が立っていた。
屋上の扉には鍵かかかっており、日頃生徒は出入りが不可能だ。人目に付きにくいからか、サボりや不良のたまり場にもなる場所だが、時期を見計らって彼はやってきていた。古いスマート・フォンをいじっていると、彼のすぐ脇に金属の円柱が突如として現れる。
「開けれるか? 『ライフ・ロボ』」
「すきゃんを カイシ します ・・・・・・ カイジョウを ジッコウ します」
頭から光を鍵穴に投射し、横から伸びたロボットアームで、生徒が渡した針金をつまむ。そして鍵穴に入れてしばらくすると……ぽとりと、曲がり切った針金が、金属柱の腕から落ちていった。
「・・・・・・ シッパイ しました」
「お、おぅ……そうか。えーと、誰なら開けれると思う?」
「ケンサクチュウ ・・・・・・ ごぶりん が モットも セイコウリツが タカいです」
「うし、そんじゃ頼むわ『ゴブリン』」
手品のように、一瞬で金属柱が消えたかと思えば、赤い服と帽子の小人が唐突に現れる。慎が針金を拾い直し、彼に手渡すと即座に動き始めた。やけに手慣れた様子に、生徒は少し不安な様子だ。
「大丈夫なのか? 現代の鍵はそっちより複雑だと思うぜ」
「電子ロックでしたらお手上げでさァ。ですが安物の鍵穴なんてのは、仕組み自体は思いのほか単純でしてネ。開け方を一度覚えちまえば……」
『ゴブリン』が、オープン・セサミとキメ台詞を吐いて、学校屋上の扉を開いた。突風と共に広がる景色は、斜に射す夕日でも眩しく映る。普段は足を踏み入れることが許されない世界だからだろうか? 高いフェンスに囲まれていても、解放感に満ちていた。
「おつかれ! 後でなんか奢るわ」
「それじゃ、コンビニの安物チキンを一つ!」
仕事を終えた『ゴブリン』が、『ライフ・ロボ』と同じように薄れて消えていく。
誰もいなくなった屋上で、慎はしばし街並みを眺めていた。しばらくして何のために来たのかを思い出すと、学生カバンを足元に置いてから、五人の勇者の名を呼んだ。
「実体化しろ!『デミエルフ』!『飢狼』!『タタリ神』!『オーク』!『リビングアーマー』!」
最後の戦いで、ついに魔王を打ち倒した『Nマスター』の仲間たち。多くの失敗と敗戦を乗り越え、すべてが終わるサービス終了の日に、消えてなくなる定めを越えて――彼らは現実にやってきた。
「……呼んだ?」
気だるそうな声色で、けれども目線は緩めて、褐色肌の女性の『デミエルフ』が呟く。
「フン、わざわざ呼び出すか? 余計な時間だ。無能は噛み千切るぞ」
牙を軽く唸らせて慎を睨む、白銀の毛並みを持つ『飢狼』だが、今にも千切れそうなのは、立てて振り続ける尻尾の方な気がする。
「ふふふ、思いもよらず宴となったの? しかし殊勝な心掛けである。さて主殿、神酒はどこぞ?」
『タタリ神』聞かれた慎は、わざとらしく肩を竦めた。日本では二十歳まで飲酒禁止だ。当然購入も法律で禁止されている。
「ま、ボスと飲み食いできるだけで十分だろ。酒と女がねーのは寂しいけどな」
「オイコラ!」
緑色の肌と、大柄の肉体に、筋肉粒々の『オーク』らしい発言に、その場にいた全員から苦笑が湧き上がった。
「我が主……心遣い、痛み入ります」
最後を締めくくるのは、空洞の意志ある鎧。忠義を誓う騎士のように、『リビングアーマー』が片膝をついて頭を垂れた。彼の所作で空気が締まった思いきや、後ろから豪放に『オーク』が背を叩く。
「ったく、お堅すぎるぜ? こーゆーときゃー無礼講だろ!」
「っく!? ……少しは加減しろ。叩き切るぞ」
空洞の鎧の中身から、刺すような鋭い視線が覗いていた。ちりちりと表面が焼かれる空気が溢れたが、慎がすかさず仲裁に入る。
「どーどーどぅー! 戦闘はなし! ほら、これでも飲んでリラックスしろや!」
カバンから炭酸飲料の缶を一つ投げ、すかさず『オーク』が受け取った。ニヤリと『リビングアーマー』に目線を向けた後、蓋の書かれた開け方を、しっかりと見ながら手順をなぞる。そしてオークは軽く掲げて
「へへへ、それじゃあ一番に頂くとす――」
息巻く『オーク』の顔面に、プシャッ! と炭酸が勢いよく飛び出した。
攪拌された炭酸飲料は、勢いよく飛び出ることも多い。投げて渡せば空中で振られたようなものだ。現代人なら察しが付くが、別世界から来た『オーク』は勿論知らない。
「ぼぼぼぼっ!? ブボァ!?」
「あっ、わりぃ~! 教えてなかったわ!!」
実にわざとらしくニヤニヤ笑って、大げさに告げる慎。『オーク』以外の面々もつられて笑った。メロンソーダ塗れの『オーク』も、苦い顔でつられて笑う。
「ボス! そりゃないですよ!!」
「かっかっか! 主殿も意地の悪い!」
「HAHAHA! これに懲りたら喧嘩すんなよ? 今日はホラ、身内だけの祭りみてーなもんだからな! さぁ、色々買ってきたから飲み食いしようぜ!」
簡素な敷き布を広げ、学生カバンから様々な物品が飛び出す。
かくして、彼らだけの宴が始まった。