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矜持

 慎は仲間たちと、確保した怪盗の下に駆けつけた。犯人を詰めていた『オーク』がちらりと見て、すっと背筋を伸ばす。つられて慎を見た『怪盗・石川二十面相三世』は大きく目を開いた。


「――驚いた。私の雇用主マスターと同年代かね?」

「……いくつなんだよ。お前の契約者マスターは」

「13歳の可愛らしい少女さ。私に自由な生き方を赦してくれた……実に、良い少女だ」


 あっさりと契約者の年齢をゲロる怪盗。急な態度の変わりように、慎の仲間たちは困惑し口にした。


「なんで急に……さっきまで反抗的だったじゃん」

「若き勇者に敬意を表したまでさ。無論……こうして君たちの捕縛に甘んじているのも、私なりの敬意だよ」


 飄々と語るその様子は、人によってはふざけていると感じるだろう。しかし慎は、怪盗の言葉で触発され、脳に浮かんでいた疑問を口にした。


「あんたが『霊体化』しない事もか?」

「はて? どういう意味だい?」

「縄に縛られていても、霊体になっちまえば抜けれるだろ。いや……今回の盗みだって最初からそうだ。ブツだけ掠め取って、さっさと霊体になっちまえば――」

「それは『怪盗』のやり口ではない」


 はっきりとした不快と拒絶を、明確に怪盗は告げた。鋭く真っすぐな瞳は、犯罪者の汚れや澱みを持っていない。むしろ――慎や礼司が、真剣にゲームに挑む時のような真摯さと『矜持』を宿していた。

 朗々とうたうように。

 堂々と誇るように。

 怪盗は――自分自身を語り始めた。


「霊となって目的のモノに忍び寄り、掠め取ってから隠れて消える……それはただのコソ泥のやり口だろう? 君たちでさえ可能な筈だ」


 オッサンと怪盗について、ファミレスで話した事が思い出される。

 金を欲しいなら、宝石店を狙う必要などない。

 霊体と使役者の人間が共同すれば、コンビニで簡単に成立してしまう。怪盗が答えたような事を、オッサンと慎は言った気がする。

 やはりそうだった。二人で出した結論と同じだった。金を盗むことに、ただ盗みを働くことに、怪盗は全く興味を持ってなどいなかった。


「私は怪盗だ。予告状を送り、警備の者を出し抜き、陰謀渦巻く界隈の中から、颯爽と目的のブツを頂く。それが『石川二十面相三世』のあるべき姿だ」

「……犯罪だろ。それは」

「それがどうした? 私は……私は『怪盗』として姿形を持ち、『オルタナティブラグナロク』の世界に生まれ落ちた。他の生き方など知らない。

 法に反する? 確かにそうだ。だがな……モノを盗まぬ怪盗など、ただの自称怪盗か、元怪盗と呼ぶしかあるまい」


 それは社会に反する言葉だが、一理ある言い分に違いない。キャラクターとして生まれた『怪盗』は、何に臆する事もなく、堂々と顔を慎に寄せて言う。


「これは……『怪盗であること』は、私のアイデンティティだ。私の生き様だ。怪盗でない私など、私ではない。私は……私らしく在るために、私として生きるために、怪盗として生き続けなければならなかった」

「……犯罪であると、知った上でか」

「愚問だ。法を犯すことを恐れていて、怪盗などで出来はしない。

 それでも、私は恩知らずではない。最初は彼女にも、この世界にも遠慮していたのだよ。けれど……ふふ、私の雇用主マスターは理解があってね。私が抑えている事を見抜き、よくよく話し合って……その上で『あなたらしく生きてくれ』と背中を押してくれた」


 どう反応すればいいのだろう。どう形容すればいいのだろう。慎は、怪盗の語る言葉を、怪盗としての矜持を、そして『自分らしく在る』と言う事を、考えずにはいられなかった。

 近年、よく『自分らしく生きよう』との触れ込みをよく耳にする。自らを表現するとはすばらしいと。心から望むことに、思うがままに挑戦しようと。

 だが――もしその『望むこと』が、法や倫理に反することだったら?

 この怪盗は、その代表例だろう。自分が『怪盗として生きる事』が、己らしく生きる事。自由な生き方を肯定するならば、彼が怪盗として振る舞う事もまた、肯定されてしかるべきだ。

 けれど……それでは秩序の意味がなくなる。自由と無法は別物だ。だから怪盗行為をやめろ――などと口にすれば『自分らしく生きよう』という言葉は、嘘になるのではないか?

 基本的な見落としに、今初めて気が付いたように……慎はしばらく口を閉じ、考える。その思案の中で一つ、どうしても慎は確かめたい事があった。


「盗みを働いたのは……アンタの自由意志か」

「その通り。あの子は可愛らしい少女だか、どうあがいても彼女は普通だ。こんな生き方に憧れてしまうような……未熟で純粋で、そして好ましい愚かさを持つ、普通の女の子だよ」


 疑うまでもない。怪盗は――『契約者』について不満を漏らさない。今の発言にしても、愚かや未熟と言いながらも、その声色に棘が無かった。怪盗にとって契約者の人物が……非常に理解のある人間であり、信頼関係を築けている証であろう。

 まるで謝罪するかのように、慎はつい口にしていた。


「俺、誤解していた。てっきりアンタは、マスター命じられてやってたのかと」

「誤解したままでも構わないよ。理解を求めた気はない。……いや、これは君側の問題なのかな? たとえば……私が雇用主マスターの奴隷だったら、君はいきどおったかね?」

「……間違いない」

「――それはそれは。業が深いな」


 一瞬見せた怪盗の眼差しは、まるで同族を見るような瞳。

 何かを確信した眼球に、何も反論できない慎。有無を言わさぬ真実の圧から逃れるように……オッサンからの無線に、慎は飛びついていた。

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