表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/192

前哨戦

 霊体で姿がバレないのは、一般人だけ。『オルタナティブラグナロク』をやってるプレイヤーや、キャラクターであれば感知は出来るだろう。しかし相手は透明マントを使い、これから一世一代の盗みを働く直前。反則めいた光学迷彩があれば、警備の人間を気にする必要はない……そんな状態で、怪盗がこちらを警戒できるのか? にわかには信じられないが、『飢狼』がはっきりと慎に告げた。


“間違いない! 『BBB』の目線を嫌っている!”

≪待て待て飢狼! お前見えてるのか!?≫

“いや分からん! だがオレ達狼は群れで狩りをする。仲間の目線を把握するのは基本だ。そのまま追跡を続けろ『BBB』! お前の目線を、オレが追う!”

“ブブッ!”


 唯一透明マントを見破れる『BBB』に合わせ、霊体の『飢狼』が気配を追う。すると急いで二名が移動を始め、その行き先で『見えない何かが、人ごみに激突した』のだ。


「痛ってぇ!?」

「なんだなんだ!?」

「オイ、ぶつかるんじゃねぇよ!」

「違ぇよ馬鹿!!」


 見えない何かが、人ごみをかき分けていく。配信者がカメラを向け、コスプレ集団が騒ぎ始める。さほど他者に感心がないからか、近くにいた誰かがぶつかって来たのだと誤解していた。


“人ごみで撒く気か!?”

≪追えるか? 『BBB』!≫

“ブブッ!”


 伝わるは肯定の意。他の誰もが知るよしもないが、どれだけ人に混ざろうと無駄だった。蜂の瞳――『紫外線を見る眼』からすれば、透明マントは逆に目立つ。

『BBB』には――『光学迷彩を使っている場所だけが、くっきりと不自然に、真っ白に見えていた』のだから。

 そこだけ絵の具で塗りつぶしたように……はっきりと景色に異常が映っている。同じ光景を見れるなら、誰でも違和感を見つけられる。それほどまでに明確に、そして完璧に『透明マント』を見破っていた。


“集団の一つを抜けた!”

≪見失ったか!?≫

“問題ない! まだ追えている!”

≪俺も急ぐ!≫


 確かな手ごたえに、慎はぐっと拳を握った。もうこちらに透明マントは通じない。『飢狼』の思念からも高揚を感じる。やっと見せた僅かなミスを逃さず、ここで怪盗を捕えてみせる! 『Nマスター』と仲間たちが息巻く中、再び相手はコスプレ集団に飛び込んだようだ。


“無駄な事を……! もうその手は通じないぞ!”

≪焦るな! 確実に詰めろ!≫

“フン!”


 鼻を鳴らすが、命令には忠実な『飢狼』……『BBB』の追跡もあり、遂に奴を追い詰めたと報告が上がった。


“ここにいるんだな? 『BBB』”

“ブブッ!”

“主、奴が逃走をやめた。美術館の外側、ポスター前で壁を背にしている。実体化していいか?”


 あるいは、攻撃の許可と言い換えた方がいい。今にも怪盗に牙を剝く気迫が、慎にも伝わってくる。腹が立つのは慎も同じだが、目的は戦闘ではなく確保。荒事になる前に手錠を掛けれるなら、それがベストだ。お縄につけたら、警察やオッサンに任せた方がいい。少し思案を挟んで、慎は慎重な指示を出した。


≪実体化は一瞬に留めて……奴の『透明マント』を奪ってくれ。まずはツラを拝んでやろうぜ≫

“フッ。それも良かろう!”


 追い詰めた『飢狼』が、一瞬だけ実体を持った狼の姿を顕現させる。目に見えない何かを、霊体の『BBB』がにらみつける。動けない何かに対して、『飢狼』はその透明な衣を口で加えて剥ぎとった。

 白銀の毛並み、その口元が透明な何かを半端に開いている。獣の牙も、紅く染まった口腔を映すのは……『見えない何かを咥え込んだ』事実を、誰の眼にも示していた。

 しかし――その奥にいるのは、如何にも凡夫な老人だった。

 あのテレビ映像の怪盗ではない。いや、そんな気配は微塵も感じない。キョロキョロと老人が周囲を見渡す中、近くから誰かの声が聞こえて来た。


「あーっ! やっとおじいちゃん見つけたー!」

「お義父とうさん……急にフラフラとどこに行ったのです?」


“……どういう事だ”

≪飢狼! とりあえず霊体化!≫

“チッ!”


 慎も飢狼も状況が把握できない。だが、一般人に見られるのは危険と判断した。一旦は姿を霊体に変え、遠巻きに様子見に移る。

 眼前で広がるのは老いた男性と、小さな女の子とその両親が話し合う光景。急に起きた未知の事態に、一般人が困惑しているように見えた。


「い、いや……急に私を見失ったじゃないか。近くにいたのに、おじいちゃんおじいちゃんって……」

ちち! 声は聞こえていたけど、どこにもいなかったじゃない! なぁに? もしかしてボケちゃったの!?」

「失礼な事を言うな!」

「もーっ! ママもおじいちゃんもケンカはメッ!」

「ははは……二人とも、娘がこう言っている事ですし、ね?」


『飢狼』も慎もあっけに取られた。とても老人が『怪盗』に見えず、特に『飢狼』は衝撃を隠せない。『BBB』も同様だが、ある一点を見つめていた。『飢狼』が霊体化した地点……咥えたモノを落とした地点だ。

 慎が駆け寄り、そっと手を伸ばす。滑らかな質感の、透明な布地に慎は目を白黒させた。


『おい! どうした!? 何があった!?』

「あ、あぁ……オッサン、悪い。怪盗を取り逃しちまった」


 耳元からオッサンの無線が聞こえてくる。確かに怪盗の痕跡は見た。奴から『透明マント』も取り上げた。しかしあの老人は、家族連れの一般人としか思えない。ならば怪盗など存在しないのか? じゃあこの透明な布地は一体?

 やっと尻尾を捕まえたと思いきや、手のひらからすり抜けてしまったのか? 混乱を隠せない中、慎はオッサンの指示を待つしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ