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エンカウント

 それは、ある生徒のざわめきから始まった。

 窓際に居た誰かが、明らかな異常を発見し……生徒たちが授業中にも関わらず窓の外へ意識を向けていった。広がる動揺が異質な空気となって教師の耳朶をうち、結果として授業は中断と相成った。それだけの非日常が、窓の外にあったから。

 学校の敷地外、敷居の壁と隣接する道路の中心に、倒れた自転車がある。籠の中身は散乱し、乗っていた老女は必死に後ずさりしていた。その眼前には、学校の壁を超える高さを持った、狼ともキツネとも取れず、黒褐色の毛並みを逆立ちさせて……今にも襲い掛からんとする未知の獣がそこに居たから。


 否、その獣はとあるゲームのプレイヤーにとっては既知の存在である。つい先日サービスを終えた、とある基本無料を謳ったゲームプレイヤーであるならば。


(最序盤での雑魚キャラか!?)


『Nマスター』である慎は、即座にあの状況を理解した。プレイヤーの下にキャラが現実に赴いているのならば、敵対キャラが現実に来ることもあり得るのだろう。ゲームさながらの光景を眺める人々を尻目に、慎は電池のないスマホを取り出した。


≪戦えるか!?≫


 即座に、日本の神話をモチーフにした影――『タタリ神』が彼に答えた。


“無論である。我と、『BBB』、『スライム』を! 呼び出した後は実体化を命ずるが良い。それであやつと交戦できよう”


 名指しされた二人を即座に召喚、窓から飛び出させる。『BBB』――ビック・ビー・ボスが中空に飛び立ち、後を追う形でタタリ神が敵目がけて飛んでゆく。慎は『BBB』のキャラクター表示画面をタップし、実体化を素早くダブルタップした。


「えぇ!? なんだアレ!?」

「は、蜂!? でかすぎない!?」

「蟲っ! 蟲いいいっ……!! ぅーん……」


 直後、教室内の騒ぎが大きくなる。実体化を命じたことで誰にでも認識可能となったが、慎の耳には入っていなかった。巨大なハチ型モンスターは『Nマスター』と目を合わせ、意を感じ取った『BBB』が、上空から敵へと襲い掛かった。

 予想外だったのだろう。『BBB』の体当たりを脇腹から受けて、その獣は大きくよろめいた。ギョロリと目線を合わせたソレに臆することなく、『BBB』は続けざまに腹部の針から毒液を目玉目がけて噴き出した!


 グオオオオオオオオッ!

 悲鳴が路地で響き渡る。教室から見下ろす生徒たちもどよめく。刺激的なショーの傍らで『Nマスター』の指が踊り、合わせて『BBB』が鋭く切り込んだ。

 しかし敵もさるもの。巨大な蜂から距離が開いたところを見計らい、目線を外して最初の獲物である老婆へ飛びかかる。再来した危機を反応できず眺めるだけの彼女だったが――

 猛然と迫る爪が、横から飛び出したゼリー状の物質に阻まれた。ポヨン、と殺伐とした場に似合わぬ弾力のある音が響く。爪を引き抜き、もう一度老女に仕掛ける獣。その度に身体を伸縮させ、到達させまいとするモンスターの名前は『スライム』だ。『BBB』に攻撃指示を出しつつ、『Nマスター』が守り手として召喚していたのだ。


「な、な、な……」

「ご老体、この場は我らに任されよ」


 目を見開く老人の横へ『タタリ神』が舞い降りる。呪術を用いて獣を押さえつけ、時間を稼いでいた。


「汝には解らぬことであろうが……なれどもその様子では命は惜しかろう? こやつは我らが抑えるが故、今はとにかく逃げるが良い」


 語りつつ、腕を叩き潰すように振るうと、獣が上から見えない何かに押しつぶされた。獣に手傷を負わせているが、未だ闘志が衰えた様子はない。身の危険を再認識した老女が何度も頷いて、荷物と自転車を置き去りにして駆けていった。

 視界から遠ざかる獲物を逃がすまいと、息を深く吸い込む獣。ゲーム世界の知識から『Nマスター』は、それが〈ブレス〉の予備動作と即座に見抜いた。


≪許せよ……スライム!≫


 刹那の葛藤から下された捨て身の指示を、迷いなく『スライム』は実行に移した。道路いっぱいに広がり、老婆へ吹き付けられた〈ブレス〉を『スライム』が受け止める。業火の炎に三秒ほど炙られたスライムは、体積を大きく削られていた。

 目を見開き硬直する敵。生じた隙を『BBB』が見逃さず、上空から背中目がけて毒針を捩じ込んだ。漏れ出た絶叫は深手を負わせたことを伝え、慎は畳みかけるよう『タタリ神』へ指示を飛ばすと、古風な衣装が風に靡き言霊を紡いだ。


「さらば悪しきモノよ……この場で完全に滅するが良い!」


 芝居がかった台詞と共に、青白く閃く鬼火が相手へ殺到すると、今までとは質の異なる悲鳴がこだました。弱弱しくなっていく咆哮が、戦意を失った敵の断末魔だと誰にでも理解できただろう。『Nマスター』も戦闘が終わったと確信し、胸を撫で下ろした。

 何故なら慎の目には、ゲームキャラクター達の上に一つのバーが見えていた。多くのゲームに採用されている体力ヒットポイントと考えられるそれは、敵対キャラの上にも存在し空となっている。ちなみに『タタリ神』は無傷『BBB』は多少減っていて、『スライム』は半分ほど削られていた。


≪戦闘終了! お疲れさん!≫


 初戦を終えた三人を、彼らだけに聞こえる声で労うと、『スライム』はポヨンと一つその場で跳ね、『BBB』は塀の上に停まり一休み。唯一話せる『タタリ神』は慎へ視線をやってふっ、と息を吐いた。


“うむ、見事な采配よ。腕は衰えておらぬようで安心したぞ?”

≪ちと勝手が違ったが、数日で鈍らねぇって≫

“しかしこう視線があると、こそばゆい。今度は霊体化を命じて貰えぬだろうか? 色々と語らうべきこともある”

≪わかった≫


 触媒のスマホを動かすと、実体化のボタンが霊体化に変わっている三キャラクターがあった。慎が霊体化をダブルタップすると、教室がもう一度どよめく。眺めているだけの人々の目から、キャラクターたちが突然消え去ったのだから無理はない。白昼夢と疑う生徒もいたが、〈ブレス〉の余波で溶けたコンクリート片が現実と物語っていた……



***



“よかった……おばあさん、逃げられたみたい”

 

 今朝の奇跡的な再会から、ずっと彼の傍に付き従っている人魚姫が呟いた。


≪一時はどうなるかと思ったよ……君に戦ってもらうしかないと、飛び出そうとした矢先だったから≫

“すごい偶然だよね。こんな近くにプレイヤーがもう一人いるなんて……”


 固唾を呑んで見守っていた二人は、事態を正しく認識できている数少ない人物だった。

 上の階から『BBB』『スライム』『タタリ神』を繰り出し、数の優位とキャラクターの特性を把握した巧みな指揮は、熟練のプレイヤーであることは想像に難しくない。何より、行使しているキャラが全て最低レアリティともあれば……二日前、運営が最後に応援し、サービス終了間際に奇跡を起こした、とあるプレイヤーとしか考えられなかった。


≪『Nマスター』が本校の生徒とは知らなかったよ。もしかしたら直接会うかもしれないね。心構えはしておこう。何せ僕は、彼から君を奪ったようなものなのだから≫


 皮肉を皮肉と言い切れない、己に責任を感じ取る姿勢は、だからこそ彼女が愛した王子そのものの姿でもある。そっと幻影の手を彼の手の上に重ねて、『マーメイド』は静かな微笑みを湛えていた……

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