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私の可愛い魔王様

作者: 千子

曾祖父の時よりずっと昔には太陽というものがあって世界を照らしていたらしい。

でも、今はそんなものはない。

遥か昔に勇者が魔王に敗れてこの世界は魔王のものになった。

魔王は、まず太陽を隠したらしい。

明るいのが苦手なのかしら?

次に抵抗しない人間は殺さないと言ったらしい。

意外といい人なのかしら?

そして、太陽がなくても生きていける環境と適応力を人間に与えたらしい。

やっぱりいい人ね!

いいえ、でも太陽を隠したのは魔王だわ。

原因を作ったのは魔王なのだから、責任は取るべきよ。


私は辺境の村で住む単なる村娘で、太陽がどうとか魔王がどうとかおとぎ話に思えるけど、実際に太陽なんてものは見たことがないし魔王も実在する。

なんなら魔王の住むお城だって見えてしまう。


ここは魔王城から一番近い村。


誰もあまり寄りたがらない村。


顔を会わせるのはいつも同じ人ばかり。

同じような毎日でとても退屈してしまうわ。

楽しみと言えば数ヶ月に一度来る行商人くらいかしら。

王都で流行っている綺麗なもの、素敵なもの、便利なものを持ってやって来るの。

そのために日々働いてお給料を貰っているのだけれど、最近困ったことがあるの。


それはね、村で唯一の食堂である私の実家に魔王が時折やって来ることなの。

それでね、気軽にA定食とか食べて普通に帰るの。

魔王って王様のわりに暇なのかしらね?

お城にシェフは居ないのかしらね?

みんな初めはすごく怖がっていたけれど、魔王は人に暴力も暴言も振るわない紳士だわ。

すぐに村に溶け込んじゃって、暗黒時代なんてものを築き上げた人には思えないくらい。

魔王が嫌いなんてことはもちろんないのよ。大好きよ。

困ったことも魔王が来るからじゃないの。

魔王がよく来る村ということで、人間の王様には気に入られていないみたいなの。

魔王と私達の村の関係は本当はとても微妙でデリケートなんですって。

王都では人間の王様が魔王を滅ぼして太陽を取り戻すとか言ってるらしくて、魔王と人間の王様との間で私達の村は板挟み状態らしいの。

太陽なんてなくなって随分経つのに、まだ必要なのかしら?

それとも権力が必要なのかしら?

今一番民を従えているのは魔王だものね。

人間の王様としては面白くないのも少しは分かるわ。

でもね、魔王って案外可愛いところがあるのよ。

季節のデザートが代わったら毎回頼むの。

これは私が考えさせてもらっているんだけど、魔王が次来たときも注文したら成功だ!って嬉しくて跳び跳ねちゃうの!

魔王は動物も好きよ。猫とか犬に好かれてみんな魔王に引っ付くの。

私だって可愛い猫や犬と戯れたいからここは魔王のずるいところよね。


「魔王様」

心の中では魔王って呼び捨てにしているけど、喋るときはちゃんと敬意を払って様を付けているのよ、私。偉いでしょ!

お店に来店してビーフシチューとパンを召し上がっている魔王にカウンター越しから声を掛ける。

「魔王様はお城でいつも何をしてるんですか?舞踏会?王都ではお城では舞踏会というものをやっていて、みんな着飾って綺麗な音楽と共に踊るんですって!魔王様、お顔も美しいしきっと見映えも良くてどんなお洋服も着こなして華麗にダンスしちゃうんでしょうね」

「ふん、舞踏会なぞ人間の遊びに興じる気はない」

「そうなの。そういえば今度の村のお祭りにはいらっしゃるかしら?魔王様、もう村の踊りは覚えたでしょう?何年も参加してるものね」

「ああ。それは参加しよう。最初は珍妙な躍りだと思ったが、慣れれば楽しいものだ」

今年のお祭りも魔王は参加するのね!嬉しいわ!

魔王はこの数年、知り合ってから毎年一緒にお祭りに参加して出店も周ってくれるの。もちろん踊りも一緒よ。

魔王と一緒のお祭りはとても楽しいから今からとても楽しみだわ!




外は相変わらず真っ暗で、ずっとずっと昔には明るいときがあったなんて信じられないけれど、なんとなく窓越しに空を見る。

「魔王様、魔王様。太陽とやらが見てみたいわ」

「なんだあんなもの。ただ煌々と頭上で光るだけのものだぞ。」

その光を見てみたいんじゃない!

魔王はロマンがないわね!

「魔王様はなんで太陽を隠したの?」

「陽の光を浴びすぎると死ぬだけだ」

その言葉にとてもびっくりしてしまったわ!

「魔王様、太陽の光にあたると死んでしまうの?」

「ああ、そうだ。だからこの世から消した。生き残るための手段を取るのはお前達人間と変わらないだろう?」

「それもそうね。太陽があるせいで魔王様が死んでしまったら、私はとても悲しいわ」

見たこともないもので魔王が死んでしまうのは寂しいわ。


魔王が太陽を隠したのは仲間のため。

魔王は広いお城に居るけれど、本当は仲間なんてもうほとんど居ないのよ。

ほとんど人間と太陽にやられちゃったんだって。

だから太陽を隠して仲間を守って人間からの矢面に立って悪いふりをするの。

なんて不器用な人かしら。

私には、人間の仲間に囲まれてふんぞり返っている王様よりも、広いお城でろくに仲間も居ずに時折近くの村に来て食堂でピーマンを残す魔王の方がずっと好き。


だから、寂しい魔王を放っておけなくて私を眷属っていうのにしていいよって言ったらすごく怒られた。

人間は人間の天寿を全うするがいい!なんて偉そうに言ったけど、本当は私が魔王の眷属になったりしたら寿命が変わったりして人と違う時を生きることを心配しているだけ。


でもね、魔王。

私は両親よりお友達より村の人達より誰よりも貴方が広いお城で泣いているんじゃないかって気が気じゃないの。

心配くらいはさせてほしいわ。




魔王は今日も昼の混雑を避けてお店に来てくれたわ。

今日はお肉の気分らしいので厚く切って差し出した。

魔王はいろんなソースが掛かっているより塩胡椒のシンプルな味付けが好みなの。


私は魔王のことをかなり知った気でいるけれど、長い年月を生きてきた魔王のことはきっと何も分からないんだわ。

それも少し寂しいわ。

いつか、私が死んで数年、数十年したら私のことも忘れてしまうのかしら?

それも少し寂しいわ。


お店のカウンター越しに魔王に話し掛けてみる。

最初は行儀が悪いとか咎められたけれど、幼い頃から何回か繰り返すうちに黙認されたわ。


「ねえ、魔王様。私が死んだらどれくらい覚えておいてくれる」

「なんだ縁起でもない」

「少しでも長く覚えておいてね。じゃないと寂しくて化けて出て魔王様のところに居座って抗議してやるんだから」

「多分、一生忘れないし、化けて出て来なくていいから天の国に行き生まれ変わってまた喋ってくれればいいさ」

魔王ってばとんでもなく長生きなのにね。

それで生まれ変わった私とまたお喋りしてくれるんですって!

私は嬉しくて嬉しくて、でも、少し寂しげな魔王の笑顔をもっと楽しい笑顔にしたくて仕方がないの。

一体どうしたらいいのかしら?

また窓の外を見てみる。

外は相変わらず真っ暗で、太陽なんて迷信になりつつある。

元凶の魔王はデザートを食べている。


「ねぇ、魔王様。私は太陽なんて見たこともないけれど、貴方の笑顔より眩しいのかしら?」

訊ねてみたけれど、魔王ってば赤くなるばかりでなんにも答えてはくれないの。

「魔王様、どうなのかしら?」

「そんなことは知らん!!!」

これは照れている時のお顔ね。


本当に可愛い私の魔王様!



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