9 波状攻撃
「さて…どうしますかね。」さすがのカグルマも余裕が無くなったのか、ふざけた口調が消えている。
まだ顔も見えない程の距離がある中で、竦み上がるような殺気を受けてるんだ、無理もない。
でも……。私はラナさんと目を合わせると、優しく微笑んでくれた。
「2人共、余裕っすね。」
「まぁね、私達はこれよりえげつない殺気を知ってるからな。」
ふっ、師匠の殺気に比べれば赤ちゃんみたいなもんだ。たしかに冷や汗も流れ、竦み上がりもするが、“絶望”とまでは行かない。
それに、ここで奴をどうにかしないと王都もただではすまないし、ユズハを安心して学校に通わせる事も出来ないからな。
人影はロングソードをガリガリと地面に擦りながら、目視できる距離まで近づいてきた。長い銀髪に浅黒い肌、古びた軽鎧を身に付けた男だ。
私はスッと下段に構え、息を整える。小手調べなんてする余裕はない、最初から全力で行く!素早く踏み込み、右逆袈裟、返す刀で左袈裟、続けて右になぎ払ったが、男は体を左右に振り全て躱された。
見かねたカグルマが加勢に入り、両手に持った剣で左右から斬撃を放つ。その合間をぬって、私も刀を振るうが、男は冷静に対処する。
「少しはやるようだな。」そう言って私達の剣を一振で払い退ける。その衝撃は凄まじく後ろへ跳ね飛ばされた。
そして男の追撃が来る。出鱈目とも思える斬撃は鉄の塊を撃ち返えしてるいように重く、受ける度に体勢が崩される。
「2人共!離脱!!」
ラナさんの声に反応し、私達は離脱際に一撃を放ち距離を取る。それを追いかけるように男が迫ってくるが、何かに引っ張られるようにガクンと膝を付く。男の足には魔法の鎖が絡みついていた。
(ナイス、ラナさん!この隙は逃さない!)私は刀を左手に持ち替え、右手に魔力を集約させ球状にした魔力弾を放つ。
男は左腕を伸ばし魔障壁を展開。衝突した魔力弾が弾け散る…が、散った魔力は消えることなくその場で停滞する。私が右手を握り締めると、停滞していた魔力が爆発を起こす。
ダメージは無いだろうが、爆煙が男の視界を奪った。そこへカグルマが魔力を通した剣を投げつける。金属のぶつかり合う音が周囲に鳴り響いたことで防がれたのは間違いない。
でも、それも計算の内だ。男が鎖を千切り、煙の中から抜け出したのを狙っていたかのように、カグルマはもう一方の剣で斬りかかった。
「剣技、斬閃。」
カグルマの高速の剣が横一文字に振り抜かれる。男はそれをのけ反りながら紙一重で躱すが、高速に振り抜かれた斬撃の後から発生する真空の刃が、さらに男に襲い掛かる。これが斬閃だ。
軽鎧に真一文字の亀裂が走り、男の血が滲み出る。
「くそっ!致命傷なら噴き出てもおかしくない、浅かったか!」仕留められなかったカグルマに大きな隙が出来る。男がそれを見逃がすはずもなく、剣を振り上げる。
その時、雷鳴と共に雷が男の剣に落ち全身を貫く。さらに地面にまで流れた雷は、再び浮き上がり男の体を貫いていく。これはラナさんが持つ唯一の攻撃魔法、“雷凶命”だ!
男はパリィ、バチィと雷の余韻を全身に残しながら、剣を地面に突き立て片膝を付く。
「ミカ!まだだ!!」何かに気づいたのか、カグルマが叫ぶように声を張り上げる。ハッとして男を確認すると姿が見えない。そして次の瞬間、左腕に違和感を抱く。まるで痺れて感覚が無くなった時のようだ。
続けて脇腹に衝撃が襲う。メキメキと骨が折れる音がはっきりと聞こえ、そして折れた骨が何かの臓器にゆっくりと突き刺さるのを感じながら教会の外壁に体が激突した。
「がふっ……」後から泣き叫ぶことも出来ない程の激痛が襲い、思わず両膝を付いた。飛びそうな意識の中で、最初に見たのは左腕が二の腕辺りから無く血が噴き出している光景、次に見たのは気持ち悪く微笑み、私を見下ろす男の顔だ。
(き、気持ち悪い顔しやがって……。)その感情を最後に目の前が真っ暗になる。
――――「あれで何で座天使なんだ…?」
俺は階級の認定基準を疑った。それほどラナさんの雷魔法は凄まじい威力を持っていたからだ。そして剣を突き刺し片膝を付いた男からは、当初の強烈な殺気を感じない。このまま首を跳ねて止めを刺してやる。そう思い男に近づいて行く……。
「……だろう。」
(何だ?何を呟いた?)男がニヤリと微笑んだ事に気づくと、全身からまた冷や汗が噴き出す。さっきとは比べ物にならないほどの殺意を感じ取ったからだ。
「ミカ!まだだ!!」そう叫んだのも束の間、男は既にミカに飛び掛かる寸前だった。そこから俺が見た光景は、ミカの左腕が宙に舞い、脇腹を打ち抜かれ、その衝撃で体が吹き飛び教会の外壁に叩きつけられる姿だった。
次に男はラナさんを標的に襲い掛かろうとしていた。
冒険者は常に死と隣り合わせ。その為にいくら信頼し合った仲間でも、自身に命の危険が迫った時、仲間を見捨て生き長らえる事を良しとしている。
それはパーティを組んだ時からの暗黙の了解。でも、ここはどこだ?逃げようにもこの空間に出口があるのかさえ分からない。
それにラナさんは諦めていない…!!
魔導師とは思えない動きで、男の攻撃を最小限のダメージに抑えている。その理由は、匠に阻害魔法を駆使しているからだ。しかし、それも長くは続きそうにない。
(くそっ!覚悟を決めろカグルマ!)
そう強く自分に言い聞かせ、ラナさんと男の戦闘に割って入る。重く鋭い男の斬撃は魔力を通した剣じゃないとすぐに壊れそうだ。
俺は上下左右、二刀を上手く使い斬撃を繰り出し、受ける時はなるべく衝撃を逃がす様に剣を滑らせる。そして隙が出来たその時…奴の首を斬る!
「さぁ、俺の誘いに乗ってこいよ!」さっきの呟き…何を言ったか分からないが、戦闘狂なのは見ればわかる。こういう類の奴は大抵、格下に舐められると安い挑発に乗ってくる…!
思った通り、まるで早く打ち込んで来い!と言わんばかりに自身の剣を引き、無防備に近い体勢を取る。
俺は警戒したと見せかける様に後方へ距離を取り、同時に2つの剣が男の両脇を抜けるようにワザと投げつける。すぐさま空間を掴み取る仕草をすると、剣が男の後方で交差し周りを旋回、両腕ごと縛り上げていく。
(剣も工夫すれば意外な攻撃方法が生まれるんだよ!)俺はあらかじめ、両剣の柄先を限界まで細くした魔力の糸で繋ぎ合わせていた。突然、体の自由を奪われた男は数秒間、現状を理解する為に動きが止まる。
その隙に隠し持っていたナイフを手に取り、男の首元を目掛け一気に振り抜こうとした瞬間…。
ガチィン!という音と共にナイフが砕け散る。
(こいつ!ナイフを歯で噛み潰しやがった!)
魔力の糸を力任せに千切り拘束を解いた男は、力強く左足を踏み込み、俺の腹へ右拳をめり込ませる。衝撃に圧迫された内臓が悲鳴を上げ、口から血が吹き出る。
腹を抱え、情けなく倒れる俺を見下しながら止めを刺す素振りもなく、標的をラナさんに変える。あぁ、こういう類はすぐに殺さず、弄ぶことに快感を得るクソ野郎が多かったな…。
「くそが…。まだ終わりじゃねぇぞ…。」俺は地面を這いずりながらも、男に手を伸ばす。
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