82 未練を果たして
「それでもまだ不完全だがな」
「不完全?」
「フヨウを見ただろ? 未練が果たされると、俺が手を下さずとも、勝手に動かなくなる。まぁ、あれはあれで新しい結果だった。その功績に白浄化にしてやったけどな」
「……」
「怖い顔するなよ。そうだ、知ってるか? 死んだ人間が、その後どうなるか」
この世界の人間が生まれながらに魔力を宿していることは、周知の事実だ。
死んだ人間の魔力は、体内に滞留し続け、時間の経過と共に淀み、瘴気へと変わる。
瘴気に飲まれた死体は、意思を持たない死人とになり、徘徊を始める。
「滞留した魔力が、なぜ瘴気に変わるか。それは、生前に残した未練が原因なんだよ」
「未練……」
「あぁ。一定以上の強い未練を残した人間は、意思を持ったヒト型の瘴気へと変化する。それを別の人間に移すと、お前らの出来上がりだ」
そんなことが可能なのか。ミカズチたちは、思考を巡らせ静寂した。
「常駐転移。生きた人間に瘴気を転移させ、魔力で馴染ませるんだよ」
「馴染ませる? なら、その人間の意思はどうなる?!」
「もちろん反発し合い、精神崩壊を起こす。でもな、そこには相性が存在するんだよ。そうだな。分かりやすく例え話をしてやろう」
バラキエルは、ヨハネの名を口にした。
ヨハネ・スリードの未練は、生への執着だった。
極度に死を恐れ、生きる、生き残るためには、仲間を裏切りるほどだった。
やがて、その報いは自身に返ってくる。裏切られ、恨みに思った男たちに、幾度となく体を汚されたのだ。
行為はエスカレートしていき、快楽に飽きた男たちは、苦痛を与えるようになる。それでもヨハネは受け入れた。生きるために。
苦痛にも飽きたころ、次第に自分たちがした行為が表に出ることを恐れ始める。
そして、ヨハネを殺そうと決意する。
剣を突き付けられたヨハネは、散々弄ばれたにも関わらず、自ら体を開き、最後まで生きたいと懇願し、首を落とされた。
そんな未練に相性の良い、女冒険者がバラキエルのダンジョンに現れる。その冒険者は余命が少なく、最後の挑戦にしようと足を踏み入れたのだ。
「その女の未練は想像が付くだろ? 泣いて頼んできたぜ」
「てめぇ…!!」
「おっと、死にてぇか? ホクト。あ、いや、もう死んでたな」
馬鹿にしたような態度でバラキエルは煽った。
「そうだ、ユイ、ホクト。お前らの未練も泣かせるものだったぜ?」
「ああ?!」
「何だよホクト、恥ずかしいのか? ミカズチも泣ける話が聞きたいだろう?」
「黙れ、クソ野郎」ユイは腕に血管を浮かせ、バラキエルを睨み付けた。
「女は怖ぇな、おい」
――そうか。
あの夢は、私とホクトの死に際の夢だったんだ……。未練を思い出したユイは、覚悟を決めたように、右手に持った大剣を握り直した。
「ホクト…大好き。」
「あ? こんな時に何言ってんだ?!」
「これが貴方の死に際でさえ、言えなかった私の未練。返事は?」
後悔のない、ユイの吹っ切れた笑顔に、ホクトも応える。
「……まったく、こんな状況で返事を求めんなよ。俺もユイを愛してる。これで俺の未練も終わりだ!」
「ありがと、ホクト。ミカズチ、貴方も未練を果たしてね」
「数日だが、楽しかったぜ……またな!」
フヨウのように、動けなくなる前に二人は一斉にバラキエルへ飛び掛かる。
しかし、その斬撃はバラキエルに届くことなく、二人の剣が地面に落ちた音だけが響き渡った。
「つまらねぇ……」バラキエルは途中で言葉を飲み込んだ。
ミカズチもまた、喉を鳴らし生唾を飲み込む。
背後にある六階層へ続く暗闇から、おぞましい気配を感じ取ったからだ。
「強い気配が一つあると思ったら、君かぁ」
芯のある透き通るような声。そこに現れたのは、美しい女剣士だった。防具を身に付けず、普段着と左腰に太刀を携えているだけだ。
ミカズチは女剣士を見て、身震いをした。なぜなら、これ程までの強者に出会ったことがないからだ。
そして、ユイの言葉が頭を過る。
俺の未練は……。
その時、ふっと暖かい空気が全身に纏わり付く。なぜか分からないが、許されたような感情が込み上げてくる。
ミカズチは女剣士の正面に立ち、剣を左下段に寝かせた。
女剣士もまた太刀を抜き、剣先をミカズチに合わせる。
「おい、なに勝手に熱くなってんだよ!」バラキエルは大声で吠えたが、「黙れ」と、ミカズチと女剣士の気迫のこもった声に、思わず尻ごみをする。
「わたしはリラ。リラ・イフリート」
「俺はミカズチだ。一つ聞きたい。シルフ・シルフィード……お前が退けた男は強かったか?」
シシル以上の圧倒的な武力。あのシシルを退けた人物がリラであることをミカズチは確信していた。
「ん~、そこそこかな。私の剣の先生が強すぎるのもあるけど」
「ははっ! シシルの評価が、そこそこか」
「でも、あの男より貴方の方が強いよ」
ミカズチはニヤリと笑い、ゆっくりと間合いを詰めて行く。
二人の間合いが重なり合った瞬間、互いに強く踏み込む。
ミカズチの剣が僅かに早くリラを捉える。
地を這うような下段からの振り上げは、迷いのない剣の軌跡を描く。
正に会心の一振りだった。
紙一重で身を躱したリラの頬から一粒の汗が飛ぶ。そして、硬い肉を刺すような鈍い感触が手に伝わった。
リラはミカズチの胸に刺さった太刀を押し込み抱きしめるような態勢を取る。それは、バラキエルに決着を悟らせないためだ。それを知れば、簡単にミカズチを灰に変えてしまうだろう。
「強いな……」
「ふぅ、冷や汗かいちゃった」
「イフリート……貴女と対峙した時、自分の未練を思い出した……。俺は強い奴と戦いたかったんだと」
「そっか。じゃあ、満足できたかな?」
「ああ……でも、新たに未練が生まれたよ」
「なに? 未練って」
「あの男を……この手で殺せないことだ」
「そっか。じゃあ、わたしが殺してあげる。見届けてね」
その言葉を聞いて、ミカズチは膝を付き天を仰ぐ。
「そうだ。先生が居た世界に“輪廻転生”という言葉があるの。簡単に言えば、人は生まれ変われるんだって」
「……そうか」
「もう貴方は生まれ変わってるかもね? わたしは昨日、貴方のような下段の構えをする剣士を見てるから。女の子だけど」
「はは……女の子か」
「可愛い子だから、安心してね」
リラは優しく微笑み、太刀を捻り抜くと、トンっと軽く前に跳ねる。
その瞬間、すでにバラキエルの首は宙を舞い、何が起きたか理解できないまま地面に転がっていた。
「…は? 何だ? 何が起きた?!」
「……」
リラはバラキエルの頭に剣を突き刺し、とどめを刺す。
「これでいい?」リラが振り返り、ミカズチに尋ねる。
「……あり……がとう……」ミカズチは満足げな顔をして、そっと目を閉じた――
夏バテには気をつけましょう!(実体験)
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