78 白浄化
バラキエルが用意した夕食を前に、ホクトは「あんまり腹減ってねーんだけどな」と愚痴をこぼす。
「無いよりマシですよ?」とバラキエルは反論するが、ユイとヨハネも殆ど手を付けていない。
ミカズチもまた同じだ。何故なら、あまり空腹を感じないからだ――
夕食を済ませ、食器を片付ける。
ユイはホクトを誘い、食器洗いを強要した。バラキエルとヨハネは食料の確認をする。
そしてミカズチは「すまない。フヨウのところへ行って、プレートを渡してくる」と伝え教会をあとにした――
外に出ると少し強い風が吹き抜ける。
髪をかき上げると、ミカズチはギルドへ足を運んだ。
扉を開けると、受付をする正面のカウンターに、肘を付きながら酒を飲んでいるフヨウが居た。
「まだ生きてたのかい」
全てを諦めたような態度で接するフヨウ。ミカズチは軽く手を上げるとカウンターへ向かう。
小さな袋から一枚の認識プレートを差し出す。プレート見たフヨウの体が小刻みに震えた。
風に吹かれ扉が軋む。その音に気づいたフヨウは我に返り、「ありがとう……」と呟いた。
ミカズチにその呟きは届いていない。
「もう一枚のプレートを確認してほしい」今度は、シラギのプレートを差し出す。
「シラギ……見たことも、聞いたこともない名前ですね。ですが、作りは一緒ですね。でも、この龍と背中に生えている一枚の翼の紋様。これも見たことはありません」
凛とした姿勢と柔らかな言葉使い。これがフヨウの本来の姿なのだろう。ミカズチは礼を告げ、ギルドをあとにした――
八咫火陽が沈んだ夜。
一人の女性がミカズチを尋ねに来た。教会の扉を照らす外灯に映し出されたのは、髪が綺麗に整えられ、艶のある栗色をしている。
そして聞き覚えのあるしゃがれた声。ミカズチは女性がギルドの受付をしているフヨウだと気がついた。
「ミカズチさん、一言お礼をしたくて来ました。セシルのプレートを届けて頂き、ありがとうございました」
その言葉は心地よく耳に響き、力強かった。
「わざわざ、ありがとう」
「いえ、今までのご無礼を許してください」
深々と頭を下げるフヨウに、ミカズチは少し戸惑う。
「それでは失礼します」教会に背を向けたフヨウ。その姿が、なぜか消え入りそうにも感じた。ミカズチは思わず呼び止める。
「死ぬなよ……フヨウ」
フヨウは振り返ると、片目を閉じて悪戯に微笑んだ。しかし、悲劇は突然に襲い掛かった――
翌朝、フヨウが亡くなった知らせをヨハネから聞く。
言葉を失ったミカズチに、ヨハネは状況を説明する。
フヨウの遺体が発見されたのは、ギルドの受付カウンター内。
傍には小瓶があり、右手には認識プレートが握られていた。
自ら命を絶ったのだろう。
「バラキエルが遺体を燃やす準備をしてるから……ミカズチを呼びに来たの」
ヨハネは感情を抑え、声を震わせながら、絞り出すように伝えた。
「来ましたね、ユイもホクトも居ますよ」
ホクトは小さく手を上げ、ユイは俯いたままだ。他にも中央広場に集まった冒険者や住人がいる。
その中には、すすり泣く者、天に祈りをささげる者、小さな花を添える者もいた。
「ここにる皆の願いにより、“白浄化”を持って火葬します」
白浄化とは、国王を始め、高い地位や偉業を成した者が死を迎えた時に用いられる魔法だ。
手の平に白い炎を宿すと、フヨウに敬意を持って触れる。
痩せ細った体は炎に包まれる。フヨウの顔は、状態とは裏腹に、幸せに満ち溢れているようだった。
泣き崩れるヨハネの肩を、ミカズチはそっと抱きしめる。
ユイもまた、悲しみを抑えきれず、ホクトの胸の中で涙を流していた。
ホクトたちが、フヨウにどんな感情を抱いたのか知る由もない。
ただ、広場に集まった人間にとって、フヨウの存在が大きかったのは確かだ。
空に舞い上がる灰は、八咫火陽に反射してキラキラと輝き、迷うことなく天に昇って行く――
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