76 シラギ・ユリオプス
バラキエルはシシルの最後を静かに語り始めた。
十熾天剣、最初の授与者、シルフ・シルフィード。通名“シシル”
シシルがディーテに現れたのは、バラキエルが空間の調査を始めて、2週間が過ぎた頃だった。
黄昏のアビスが存在すると知ったのだろう。シシルはセーフゾーンに訪れ、他の冒険者に目もくれず、アビスへと向かおうとしていた。
既に空間を抜け出す可能性があるのは、アビスの最下層だと踏んでいたバラキエルは、シシルに声を掛ける。
バラキエルの名を知ると、シシルはパーティーに組み入れる。バラキエルにしては計画通りだった。
シシルは最強の剣士。その力を利用し、アビスを攻略しようと考えていたからだ。
しかし、五階層までの戦闘の殆どはバラキエルが対処した。出来る限りシシルが万全の状態を保ちたいがためにだ。
やがて最下層へ続く扉の前に辿り着く。そして扉の奥から凄まじい気配を2人は感じ取る。
「バラキエル、そこで待っていろ。すぐ終わらせてくる」そう言ってシシルは扉を開き、最下層へ向かった。
数十分後、扉が再び開く。姿を現したのは、精神を崩壊させたシシルだった。
目立った外傷はなかったが、目の焦点は泳ぎ、ブツブツと何かを呟いていた。そして手に持った折れた剣を自身の首に当て、躊躇なく撫で切った。
「自害したのか?」
「はい。何があったかはわかりません。でも、精神崩壊を起こすほどの出来事があったんでしょうね」
恐ろしくなったバラキエルは、シシルの死体を燃やし、その場をあとにした。それがシシルの死んだ経緯だ。
経緯を聞いたミカズチより、複雑な表情を見せたのはホクトだった。ホクトの父、エノク・ロドレイアは十熾天剣を与えるに相応しくないと宣言した。
たったそれだけの理由でシシルに殺されているからだ。ユイがホクトの肩に手を乗せると「心配すんな」と呟く。
「……三階層を調査して今回は戻ろう」ミカズチはそう告げると立ち上がった――
宮殿内は静まり返っていた。荒れ果てた廊下には崩れた騎士の銅像や踏みにじられた絵画が散らばっている。
壁面には剣で斬り付けたような亀裂、魔法で破壊された穴が、そこら中にあった。
「皆さん、ちょっと待ってください。僅かに空気が漏れる音がします」
ヨハネが壁面を調べると、壁の一部がぐるりと回転する。隠し部屋だ。その中には朽ち果てた男が横たわっていた。
体はやせ細っているが白骨化までは達していない。よく調べると、腹部に刺し傷の跡がある。
冒険者だろうか。首元にある認識プレートには“セシル・ホーネット”と打刻されている。
「アビスに挑んだ冒険者ですかね」
「……フヨウが認識プレートを持って帰ってほしいと言っていたな」
ミカズチは丁寧に認識プレートを取り外した。
「先へ進もう」
一行は、改めて警戒を強め慎重に歩みを進める。やがて廊下の突き当りに差し掛かると、ヨハネが振動を感知する。
突き当りの壁面には割れた小窓があり、中庭が見える。ヨハネの合図で、ミカズチたちは身を低くし気配を消す。
「二足歩行、重い振動、人型の魔物です」そう告げるヨハネに対し、バラキエルは大きなため息を吐いた。
「残念ながら、気づかれましたね。対象の魔力感知に掛かってます」
「魔法を使う人型か?」
「わかりませんね……どうしますか?」
変に間を取り先制攻撃を受けるより、こちらから出向いて警戒心を煽ったほうが得策かも知れない。
ミカズチはホクトたちに目を合わせると立ち上がり、中庭へ続く扉を開いた。
「……人間か?!」
「おかしなことを言う」
ホクトの言葉に反応する魔物。姿は人間そのものだ。瘴気さえ纏っていない。
男は白く長い髪を後ろで纏め、浅黒い肌をしていた。右手には紋様の入ったロングソード。革の軽鎧を装備している。まるで冒険者のようだった。
「そうか……貴様ら、以前、あの女が退けた奴と同じだな?」
不気味にほくそ笑んだ男は、剣を抜き殺気を放った。
「訳わかんねぇこと……言ってんなよっ!」
「待て!ホクト!!」
ミカズチの制止を聞かず、飛び掛かるホクト。互いの剣がぶつかり火花を散らす。鍔迫り合いの状態でさらに会話を進める。
「名があるのか?ならば私も名乗るのが礼儀。シラギ・ユリオプスだ」
明らかに力んでいるホクト。シラギはその力を利用し、滑らせるように剣を引く。
前のめりなりなったホクトに、シラギは素早く振りかぶった右足を振り抜き、顔面を蹴り上げた。
ホクトが飛び掛かったと同時に動きだしていたユイは、シラギの背後を取り、右側面から脇腹にかけて豪快に横薙ぎする。
シラギは振り向き様に剣を地面に突き立て、ユイの渾身の一撃を受け止める。反発した大剣は宙に弾き飛ばされた。
さらにミカズチが追い打ちを掛け、右下段から逆袈裟を放つ。
シラギは突き立てた剣を軸に身体を半回転させ、それを避けると剣を引き抜き距離を取った。
こめかみから流れる一筋の汗に気づいたミカズチは、思わず苦笑いをした。
いつまで白昼夢見てんねん!(大事なことなので)
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