74 第一階層
早朝。激しいくぶつかり合う剣撃音でミカズチは目が覚める。外に出るとホクトとユイが模擬戦を行っていた。
「よう、ミカズチ。起こしちまったか?」
「ごめんね。珍しくやる気になってるんだ、この人」
「あぁ、気にしないでくれ」
短い言葉を交わしたあと、2人は模擬戦を続ける。
2人を横目にミカズチは中央広場へと足を運ぶ。空間の境界線を確かめるためだ。
商業区を抜け家屋の切れ目まで辿り着くと、目を疑う光景に言葉を失った。
都の外は存在する。しかし、目の前には空間を歪めるように、半透明な膜がゆらゆらと一面に広がっていたからだ。
空を見上げると、八咫火陽が都を照らし朝を告げている。しかし、半透明な膜の向こうだ。
ミカズチは小石を拾うと空へ放り投げた。小石は家屋の2階を僅かに越えた辺りで、音も無く粉々に砕けちった。
ここで新たな疑問が浮かび上がる。それはフヨウの話した言葉だ。都は内からも外からも出入りができない。
しかし、フヨウは「各領主は、私兵やお抱えの傭兵団を向かわせ、冒険者達も我こそはと、このディーテへとやってくる」と言った。
辻褄が合わない――
「おはようございます。ミカズチさん、どうしたんですか?」
すっきりとした面持ちで挨拶をするバラキエルだったが、難しい顔をしているミカズチに気づき、問い掛ける。
「……いや、気にしないでくれ」
「そうですか。とりあえず戻りましょう。備蓄を使って、朝食を用意したので」
中央広場へと続く道の途中、冒険者ギルドの建物が目に入る。するとフヨウが扉を開き姿を現した。
フヨウは、ミカズチたちに気づくと軽く会釈をする。その姿は相変わらずボサボサの髪と、疲弊した顔つきをしていた。
彼女の座った姿しか知らないミカズチは、意外と身長があることに少し驚いた。
「……バラキエル。彼女はいつから閉じ込められている?」
ミカズチは彼女を見てバラキエルに問い掛けた。
「僕がここに来た時は、もう居ましたね」
「都の外から傭兵や冒険者が来たという話は聞いたか?」
「……聞きましたけど、多分、彼女は気が触れてますよ」
「どういうことだ?」
「他の冒険者に聞いた話ですけどね――」
フヨウの容姿は現在と異なり、髪は綺麗な栗色。整った顔立ち。長身ということもあり、男女問わず冒険者からの人気も高かった。
そんな中、彼女の心を射止めた冒険者が居たそうだ。
こんな不気味な空間だ。支え合える人を求めてしまう心情も理解できる。
しかし、想い人はアビスに潜ったが帰ってこなかった。2人でこの空間から出ようと約束を交わしたまま。
その話を聞いたミカズチは、彼女が話した言葉を思い出した。
“アタシとしては死んだなんて知りたくないけどね。その方がまだ生きてると思って、頑張れる気がするからさ”
「その件があってから、彼女の言動はおかしなところが多いんですよね」
「……そうか」
2人は教会に戻ると、ホクトたちを踏まえ5人で食事を進めた――
食事を済ました一行は、アビスの浅い階層を調査することにした。ある程度ダンジョン内を調べたところで、必要なものを選別しようと考えたからだ。
屋敷の大広間に足を踏み入れた一行は、中庭の先にあるアビスの入り口に立つ。
「とりあえず今日は、舜弓の陣形で行く」
舜弓の陣形とは、前方に三人のアタッカーを“弓の曲線”状に配置し、矢となる部分にサポート、バックアタッカーを配置する陣形だ。
この陣形はどんな戦況にも対処できる。
前方中央のアタッカーが切り込み対象を引き付け、その隙に左右のアタッカーが挟撃することも可能だ。
その間サポーターとバックアタッカーは、一歩引いたところで戦局を見極め、各々が判断を下すこともできる。
現状ではミカズチが前方中央を担い、右にホクト、左にユイ、中央にバラキエル、後方にヨハネとなる。
ミカズチの作戦に同意した一行は、第一階層へと足を踏み入れた――
眼前に広がる第一階層は森林地帯だ。
「第一層の魔物は“戦闘猟犬が多く、その殆どが視覚猟犬ですよ」
視覚猟犬とは、視力により獲物を追跡する特性を持っている。その代償として、聴力や嗅覚は人間より劣っている。
「潜ったことがあるのか?」
「食糧を得るためにね」
しばらく進むと、ヨハネが前衛3人の歩みを止めさせる。
「……聞いてください。地面から振動を感じます。四足歩行かな? 振動の回数が多い。一、二…。うん、二体いる。」
「距離は?」
「…約12m。この先に見えている2本の木を越えたところ。木が数本倒れて、少し開けた場所にいる」
「凄いね、ヨハネんは……」
そう呟くと、ヨハネの能力に改めて感心するユイ。
空間把握能力は全神経を研ぎ澄まさなければならない。
必然的に視覚、聴覚などの感覚器官を増幅させる必要があるからだ。
しかし、感覚器官を増幅させた状態のヨハネとって、木の葉の騒めきでさえ、気が狂うほどの大音量に聞こえるはず。
そんな状況下でも、ここまで深く想定できるヨハネ。ミカズチは「無理させて悪い」と言葉を掛ける。
ヨハネは恥ずかしそうに首を振った。
「どうする? 高確率で相手はバトルハウンドだ」ホクトは少し興奮気味に話した。
「そうだな。慎重に2本の木まで近づき、先制攻撃を仕掛けよう。バラキエル、攻撃魔法の準備も頼む。」
「いいですよ」
いくら慎重を重ねても、無音では近づけない。
聴覚や嗅覚猟犬ではなく、視覚猟犬が幸いしている。
2本の木の近くまで辿り着くと身を隠し視認する。そこには瘴気に塗れた体長約1m、体高約1m20cmあると思われる二匹のバトルハウンドの姿があった――
八咫火陽とは、この世界でいう太陽のことです。(必死)
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