73 僅かな時間の中で
アビスに挑むとして、食糧やその他の備品はどうやって手に入れるのか。
他の冒険者たちを見ても、痩せ細っているようには見えない。
ミカズチは、そのことをバラキエルに問い掛ける。
「すべて現地調達ですよ」
アビスは異空間の集合体のようなものだという。
階層ごとにフロアの造りも違い、森林や遺跡内など様々だ。
特に1階層は木の実や果物が実り、食せる獣も存在する。
「備品は命を落とした冒険者たちの物を拝借するしかないですね」
アビスに限らず、ダンジョンに挑む環境としてはかなり悪い。
最下層を目指すなら、準備をしっかりと整える必要がありそうだ。
「ぼーっと突っ立っててもしょうがねぇ。この空間から抜け出すか、このまま何もせずだらだら過ごすか、決めようぜ」
ホクトは沈黙を破り、そう切り出した。
たしかに今だけじゃなく、これから先のことを考えると、このまま何もせずにいて状況は変わるのか? という疑問に辿り着くのがオチだ。
「……あの、私の個人的な意見ですけど、いいですか?」
ヨハネは控えめに言葉を発した。
「なになに? ヨハネん!」
ユイが喰いつき、ヨハネは慌てながらも意見を述べた。
元・十熾天剣のミカズチ。
バラキエルの名を継ぐ魔導師。
二つ名持ちのユイとホクト。
これほどの実力者が揃うことは滅多にない。力を合わせれば、アビスの最下層へ到達できるのではないか。
ヨハネの意見にユイ、ホクト、バラキエルがその可能性を思考する中、ミカズチだけは違った。
たしかに、滅多に揃うメンバーではなく、最下層へ到達できる可能性は高い。しかし、偶然にしては出来過ぎじゃないか。
封鎖された空間。別の世界へと繋がるアビス。それを可能にできそうな実力者たち。
これがもし、何者かの目的のために仕組まれたものだとすれば……
「俺はアビスに潜るぜ」
「私もホクトと同じ意見です!」
「僕も1人じゃ難しいからね」
3人が導き出した答えは、アビスに挑み、この空間から抜け出すことで一致した。
「ミカズチはどうするんですか?」
ユイの言葉に我に返ると、ミカズチもとりあえずは賛同する。確信が持てない以上、考えても仕方が無いからだ――
屋敷の窓から差し込む光は、いつの間にか茜色に染まりつつあった。
アビスに挑むにしても準備が必要だ。ミカズチたちは一度、屋敷を離れることにした。
「よければ僕が拠点にしている教会で、今後の行動を話し合いませんかね?」
バラキエルは、拠点にしているという教会へと案内すると言った――
居住区の外れに大きな教会が現れる。扉の鍵を解除すると中に案内された。
鮮やかであったであろうステンドグラス。見るからに不快な音階を奏でそうなパイプオルガン。祈りを捧げるための長椅子は、座るとギシギシと音を立て揺らいだ。
それでも「都の宿より幾分かマシなはずですよ」とバラキエルは少し得意気に笑った。
ミカズチたちは一息つき、落ち着いたところでアビス攻略について話し合いが始まる。
名だたる実力者と言えど、現在は烏合の衆。個々の戦闘能力を生かすには連携が必要だ。
特にミカズチの強みを生かすには、魔物と一対一の場を作り出さなければいけない。
もちろん状況によって戦闘は変化する。ミカズチだけに負担を背負わせるわけにもいかない。そのことは他のメンバーも承知している。
「もし、一対一でも劣る状況が出来た時はどうする?」
ミカズチの問いにホクトはヨハネんを見た。
「私の空間把握能力?」
ヨハネの空間把握能力を使えば、どっしりと構え合う状況を減らせ、魔物よりも早く状況を把握し先制が取れる。
それだけで生存率が上がる。
その後も各自の経験を元に想定パターンを擦り合わせ、戦略を練っていった――
夜も更け、教会内にバラキエルの寝息が聞こえる。あまり眠気を感じないミカズチは、静かに扉を開き教会の外に出た。
なぜここにいるのか。その理由は何だ。静かな夜はミカズチの疑問を冗長させる。
「物音が聞こえたと思ったらミカズチじゃねーか。眠れねーのか?」
ホクトにミカ、ヨハネも同じ理由で教会から出て来る。
「バラキエルは?」
「寝てるよ。きっと魔力を使って死体を燃やしていたから疲れたんじゃないかな?」
「それに俺らより一ヶ月も前からここに居てるんだ。馴れもあんだろ」
4人はしばらく談笑する。特にホクトとユイは、長年寄り添った老夫婦のような関係性を思わせる。
「ホクトとユイは恋人同士なのか?」
「ですよね、私も思ってました」
ミカズチとヨハネが悪戯っぽく問いかける。ホクトは大声で否定しようとしたが、それを察したユイが、慌てて口を押さえる。
「その辺が息ピッタリなんですよね」とヨハネが追い打ちをかける。
そのあとも4人の談笑は続き、さらに夜は深くなる。楽しい時間は過ぎるのも早い。
「明日に支障が出ても困る。そろそろ寝ようか」ミカズチの提案に首を縦に振るホクトたち。
「ホクト、ユイ、ヨハネん。明日から頼むな?」
ホクトたちは驚いた顔をした。雰囲気からしてミカズチからそんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。
ミカズチ自身も驚きを隠せなかった。それぞれが目を合わせると、4人は「ぷっ」と噴き出しそうなり、笑いを堪えるのに必死になった――
週の感覚が狂うほど休みが不規則で参った……。
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