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71 黄昏のアビス

 気がつくとミカズチは、冒険者ギルドの前に立ち尽くしていた。外観は荒れ果て、内部も容易に想像できるほどだ。


(俺は何故ここにいる?)


 ミカズチにはこれまでの経緯を示す記憶が一切なかった。かといって、このまま立ち尽くしていても仕方がない。情報を得るためにも、ミカズチはギルドに足を踏み入れる――



 ボサボサの髪、酷く疲弊した顔と喉が焼けたような声。横長のカウンターから見えるのは、木製の椅子にだらしなく腰を掛ける女。


 胸元にあるネームプレートには、フヨウと刻印されている。


 明らかに人を迎い入れるような態度ではないが、ミカズチは構わず腰に着けた小袋から身分を示す認識プレートを取り出し、カウンターに置く。


 フヨウは大きなため息を吐き、認識プレートを手に取ると、男の顔を見直した。認識プレートの右上に、剣と6枚の翼が打刻されていたからだ。

 その打刻が意味するのは、並外れた戦闘力を持つ者だけに与えられる、冒険者階級最高峰の称号、十熾天剣(じゅっしてんけん)授与者だ。


 しかし、男の打刻には斜めに深い傷が走っている。


()・十熾天剣授与者、ミカズチ……。悪いね、別に驚かないよ。この都じゃ階級も称号も意味をなさないからね」


 乱暴に認識プレートを放り投げると、ミカズチの目を睨みながら、こう告げる


「ようこそミカズチ。死と欲望の都、ディーテ(地獄)へ」


 この都は、数十年前まで、辺境の地に在りながら“輝都(きと)エデン”言われ、栄華を極めた都市だった。


「あんたも黄昏のアビスに挑むために、ここまでやって来たのかい?」

「この都に黄昏のアビスが出現したのか?」

「なんだ、知らなかったのかい」



 ――黄昏のアビス


 現存する最古の文書の一説にのみ記された迷宮の名だ。この迷宮には、様々な憶測が飛び交っている。

 その中でも有力視されているのが、最深部の六階層にたどり着いた者は、別の世界へ誘われるというものだ。


 別の世界には、見たこともない財宝や兵器が存在し、持ち帰った者は、一国をも瞬時に殲滅させる力を得ると言われていた。

 フヨウは、現在そんな噂に誘われ、各領主は、私兵や、お抱えの傭兵団を向かわせ、冒険者達も我こそはと、このディーテへとやってくると言う。


 数々の腕に自信のある者達が迷宮に挑んだが、結果は散々たるものだった。最下層まで到達出来ず、運よく生還できたとしても、精神が壊れてしまい自害する者も大勢いた。


「こんな死者を増やすだけの都になったのは、全部あの迷宮の仕業さ。そんな光景を数年も見てると、あたしも気が滅入ってね。」

「しんどいな」

「気休めだね。あぁ、もし迷宮内で他者の認識プレートを拾ったら持ってきてくれない? 親族が居れば伝えられるからね『死んでましたよ』って。まぁ、アタシとしては死んだなんて知りたくないけどね。その方がまだ生きてると思って、頑張れる気がするからさ」


 ここでは有力な情報は得られそうにない。ミカズチはギルドを後にした。


 一息ついて周りを見渡すと、目の先に見えるのは中央広場だ。ディーテは中央広場を中心に、北には小高い丘に建つ廃墟と化した屋敷があり、西には居住区、そして、ミカズチがいる東側は、ギルドや武具屋などが立ち並ぶ商業区となっている――



 とりあえず広場に向けて足を運ぶと、3、4人ほどの人だかりを目撃する。興味を持ったミカズチが広場前にたどり着くと、死体が無造作に積み上げられ、魔法使いであろう男が火の呪文を唱えようとしていた。


「ほら、離れて!燃え移るから」


 その男が身に着けているローブは、艶のある漆黒のローブで、右手に持った杖は、先に水晶のような物が装飾されていた。

 男はぶつぶつと呪文を唱え、杖を僅かに傾けると、杖先からゴウッと燃え盛る炎が噴き出し死体を包む。


 その光景を人だかりは、ただただ漠然と眺めているだけだった。


「ほら、どいて」


 男は人だかりを追い払い歩き出したところ、ミカズチと目が合った。


「ん?お前は……どこかで見た顔だな?」

「そうか?」

「見たところ冒険者みたいだけど、僕の仕事を増やさないでくれよ」


 死体は魔法の炎で焼き払わないと、やがて瘴気を放ち死人として蘇ってしまう。この男は死人化を防ぐ役割を担っているのだろう――



 そんなやり取りを燃え盛る炎の影から、見つめる男と女の姿があった。


「おい、あれ。元・十熾天剣のミカズチじゃねーか?」

「どうなんだろ。とりあえず声かけてみよっか?」


 しばらく立ち尽くしていたミカズチが、その場を去ろうとした時、鼓膜に直接響くような剣撃音が後方から聞こえた。


 振り向くと、ミカズチを見ていた男が、両腕の肘から下が剣になっている、黒い瘴気を纏った人型の魔物の攻撃を受けて止め、つばぜり合いをしていた。


「直前まで殺気を感じなかったぞ?!」

「私は感じてたけどね」

「言えよ、それ!」


 2人のやり取りがミカズチの耳に入って来る。


  ギリギリと剣が削れるような音を発しながら、両者は互いの剣で押し合っている。男は気合いを入れ、グンと右足を踏み出し魔物を押し返た。後方へ距離を取る魔物は、スッと気配を消し景色と同化するように男の前から姿を消した。


「完璧に気配を消しやがった! これじゃあ、攻撃される時に放たれる殺気の時しか反応できねぇ! いくら俺でも限度があんぞ!」

「持久戦に持ち込まれたらヤバそうだね、どうしよっか?」

「呑気だな……って、いや、助けろよ!」


「悪いな……」そう呟いたミカズチは、燃え盛る炎の中にある死体の一体を片手で掴み、男と女のいる方へ強引に投げ入れた。

 その行動の意図を瞬時に理解した2人は、グッと身を落とし身構える。2人の予想通り、魔物は死体に反応し姿を現す。


「よい…しょっ!!」


 いち早く反応したのは、女の方だ。帯剣していた大振りの剣を抜き、魔物の首を狙い豪快に振り抜いた。死体に気を取られていた魔物は反応に遅れ、なすすべなく首を切り落とされる。

 ワサワサと虫みたいに暴れる、魔物の胴体に女は剣を突き刺し止めを刺す。ピクピクと痙攣したのち魔物は動かなくなった。


「てめぇ! いいとこ持って行きやがって!!」

「反応が遅い人が悪いと思います」


 一息吐くミカズチに、あーだこーだと痴話喧嘩をしながら剣を納めた男と女が近づいてくる。

 男は長身で、プレートアーマーの胸部だけを身に着け、その上に黒いローブを纏った風貌だ。

 武器は、やや細身で一般的なロングソードより、刀身の長い剣を帯剣していた。

 女は小柄だ。同じく胸部だけを守るようなプレートアーマーに、左肩には左胸部まで続く、ショルダーガード、背中には青い外套が風に揺れていた。

 武器は片刃のツーハンドソードを持っていた。刀身は長く、女の身長を僅かに超えている。


「ありがとうございます、助かりました!」

「けっ! まぁ、ありがとな」

「ああ、無事でよかった」


 女は名を“ユイ・アサノハ”と名乗り、男は“ホクト・ロドレイア”と名乗った。ミカズチはロドレイアという名に聞き覚えがあり、少し首を傾げた。それを察したユイはミカズチにこう伝える。


「ああ、ホクトはこの辺境を治めていたエノク・ロドレイア公の長男なんです」

「だぁー! 言うか? それお前!」


 エノク・ロドレイア。輝都エデンとまで言われる都市を築いたのは、紛れもなくロドレイア公その人であり、他の領民にまで愛されるような男だった。


「オヤジのことはどーでもいいんだよ! それより、ここまで魔物が出てきたんだ。だとしたら、アビス内のセーフゾーンが襲撃されたことになる。様子を見に行こうぜ!」

「たしかにあり得る! さっさとあの魔物も燃やして行ってみよう!」


 ユイは先ほどの男に死体を燃やすよう指示し、丘の上の屋敷にあるアビスへと歩き出す。

 ホクトはミカズチにアイコンタクトを送り、ミカズチもそれに応え、共に歩き出した。

ミカズチの物語が始まります。

しかし、気温が上がってきましたね。まだ風が冷たく感じるだけマシですが、

いずれ熱風に……


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