69 鍛練開始
一夜明けた早朝、ミカはシオンを連れ、褒誉の西側にある丘陵へとたどり着いた。
「シオン、まずは基礎体力を付けようか」
「はい!」
「よし、まずは一緒に走ってコースを決めるから、付いてこい」
丘陵には不陸や起伏が多くあり、平地でのランニングより、体力の消耗も激しく、走りにくい。
しかし、それと引き換えに心肺機能の向上、足腰の筋力増加、バランス感覚が養えるメリットがある。
「焦らなくていいから、しっかり大地を蹴って走れ!」
「は、はい!」
足場の悪い丘陵の中を難なく走るミカに対し、シオンは不陸に足を取られ、思うように行かない様子だ。
しばらくして、周りを濃い木々に囲まれた、小さな草原に出る。その中心には、シンボルツリーのような大樹が1本そびえ立っていった。
そこでミカは、シオンの到着を待つ――
どさっと地面に座り込むシオン。まさに息も絶え絶えという感じだった。
「少し休憩しようか」
「は、はいぃ……」
大樹の木陰に入り、息を整えるシオン。
「ここを折り返し地点として、往復5キロ弱だな」
「なかなか手強いですね」
「その分、身体能力はかなり向上するはずだ。それに、ランニングだけじゃないしな」
「まだあるんですか?」
「もちろんだ。ランニングに慣れてきたら、次は木登りだ」
大樹を軽く叩きなが、ミカはほくそ笑む。
「木登り……ですか?」
「そう、シオンにはこの大樹を登ってもらう」
大樹は約20mはあるだろうか。ミカは4つのルートを説明し、登り降りを繰り返し行うことを指示した。
木登りは全身運動だ。枝を掴むには握力が必要となり、枝を掴み体を引き上げるには腕力が必要だ。
そして、足を枝に引っ掛ける場面では、関節の柔軟性も必要になる。
さらに、落下を回避するためには、体を預ける枝の見極め、体重移動などバランス感覚も重要になってくる。
「ランニングの往復、木登りを1セットとして1ヶ月間、繰り返してもらう」
少々、不満な表情を浮かべながら頷いたシオン。それを察したミカは、シオンにこう告げる。
「もちろん、武器を使った鍛練もするが、体が付いてこなければ、意味がないだろ?」
「たしかに、そうですが……」
ポンとシオンの頭に手を乗せ、にっこりと笑うミカだった――
2週間後、いつものように丘陵を走っていると、茂みの中から野党が現れる。ディーテにとって、そう珍しい事でもなかった。1人は片腕の無い女、もう一人は10代の若い女。野党にとっては格好の獲物だ。
「ちょうどいい。シオン、とりあえず全員、生かしておこうか」
「はい」
野党は4人。不愉快な笑みを浮かべ襲い掛かってきた。ミカは野党の初撃を躱し、首筋に手刀を打ち、難なく沈める。
シオンはこんなこともあるだろうと予測し、腰に携えていた剣を抜くと、両手にダガーを持ち、俊敏な動きで間合いを詰める野党と対峙した。
(ヴィネの速度に比べれば、止まって見える)
素早く踏み込み先手を取ると、地を這うような蛇閃を繰り出し、うねる剣筋が、野党の足を傷つけた。
瞬く間に2人の野党が倒され、怯む残党にミカはさらに殺気を放つ。
この殺気にはシオンも、僅かながら身が硬直する。
「よく聞け。これから先、私達に手を出そうものなら命は無いと思え。そう仲間にも伝えろ」
表情を引きつらせ、がたがたと震える野党は言葉なく頷く。のちに、この丘陵には野党などの類は姿を現さなくなる。どこで尾ひれが付いたのか、丘陵には人間を喰らう“鬼女”が潜むと伝えられることになるからだ。
ゴールデンウィークが終わってしまう……。
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