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65 人壊

 カグルマ失踪の前日、ユズハは校内にある訓練場に足を運び、時間を忘れるほど鍛練に打ち込んでいた。

 生死不明であるハジメ・イスノキの報告を聞き、仲間を守れる強さを得る為だ。


 自分を犠牲にしても守れる仲間は良くて1人か2人、それ以上の仲間を守るなら、まず自身が強くならなければ。その一心で木剣を丁寧に振り続ける。


 そこへカルティとヴィネが訪れ、声を掛けた。


「よう、追い込んでんな」

「ユズハ、気持ちはわかるが無理するな?」

「ありがとう、少し休憩するよ」


 木剣から手を離すと、握り手は赤く滲み僅かに血が滴り落ちる。それに気づいたカルティは、小袋から布を取り出し、ユズハの手に巻き付けた。


「止めはしないが、肝心な時に剣が握れないとかやめてくれよ?」

「……そうだな」


 3人の間に静寂の時間が流れる。ユズハは俯き手の平を見つめ、カルティとヴィネは、その様子を伺うことしか出来なかった。


 しばらくしてヴィネが沈黙を破る。


「……ユズハ、午後の授業抜けようぜ」

「だな。どうだ? ユズハ」


 ヴィネに同調したカルティの言葉に、しばらく考え込むユズハだったが、シオンの時と同じように、身体を酷使しても劇的に強くはならない。


 ユズハは2人の提案に乗り、午後からは気分転換ついでに身体を休めることにした――



 鳥の(さえ)ずりが聞こえる午後、教室を後にし、3人が校内を抜けると門の前に人影を見つける。ふらふらと体を揺らしながら、中の様子を伺っているようだ。


 3人の前を歩いていた1人の生徒が声を掛けに小走りに近づく。すると、何かに恐れたように、バサバサと鳥達が一斉に飛び広がり、視界を奪った。


 ぐにゃりとした不快感が3人を襲う。視界が開けると、いつの間にか目の前に少年が立っていた。その右手には声を掛けに行った生徒の頭が捕まれている。


「ねぇ、リンネ様はどこに居ますか?」


 酷く耳障りな声だ。


 何故、リンネを探しているのか。例え知っていても教えてはいけない。ユズハの本能はそう警告している。


「誰だ? てめぇ」


 威嚇するようにヴィネが語尾を強める。その額には汗が滲んでいた。それは2人も同じだ。


 少年は掴んでいた生徒の頭をパッと手放し地面に落とす。


「兄さん達も邪魔する気だね」


 3人は同時に距離を取り身構えた。少年の目は赤く充血し、明らかな殺意を向けてきたからだ。


「この力をリンネ様に見てもらい、従者として付き従うのが僕の運命。誰にも邪魔させない」


 肌を赤黒く染め、少年とは思えないほど筋肉を膨張させる。魔力により強引に身体強化したように見えるが、妙に馴染んでも見えた。


 例えるなら、魔力が血管を通る血液のように流れている感じだ。


 少年の姿が蜃気楼のように揺らめくと、3人は見失ったことに気づく。僅かな気配に視線を向けたカルティの目に映ったのは、少年が既にユズハの背後を取っていた。


 骨の折れる音が耳をつんざく。脇腹を狙った少年の拳は、ガードしたユズハの左腕をへし折った。

 苦痛に顔を歪めながらも、回し蹴りを放ち、少年の腹部を捉えた左足を、押し出すように撥ね飛ばした。


「ユズハ!!」


 駆け寄ろうとする2人を静止させ、右手の人差し指を自分の目に向け、合図をするユズハ。

 何かを察した2人は、構えを解き身を軽くする。攻撃を受けるのではなく、躱すことに専念する為だ。


 受ければただでは済まないことはユズハが証明している。


 少年は苛つくように唇を噛みしめ、力強く左足を踏み込むと、今度はヴィネとの間合いを瞬時に詰めた。

 虚を突いたかに見えた少年の攻撃は空を切る。ヴィネは予測していたかのように、身を捻り躱したからだ――



 少年は恐ろしいほどのスピードで立ち回り、標的を変えては攻撃を繰り返すが、ユズハ達を捉えることは出来なかった。


 少年の苛立ちはピークに達し、ぐんっと全身に力を込める。


 動きが止まった。それを狙っていたかのように、まずカルティが懐へ飛び込み、右拳で少年の顎を跳ね上げる。

 さらに息つく間もなく、ヴィネが間合いを詰め、腹部に右拳をめり込ませた。示し合わせたかのような連携だ。


 それでも、少年は口元に泡混じりの赤黒い血を含ませながら、力を込め続ける。


 ぼこぼこと浮いた血管は脈を打ち、今にも破裂しそうなほどだ。


「もういい! やめろ!」

「うる……さい!」


 カルティの言葉は届かず、少年が溜めに溜めた力を解放しようとしたその時、ぼとりと左腕が溶けるようにずれ落ちた。

 強大な力に身体が持たず、そこから右膝、右肩と次々に溶け落ち、全身から蒸気を発しながら、少年は崩れ落ちる。


「パパ……マ……マ」


 目や鼻が溶け出し、やがて骨までもが粘着質を持っているような液体へと変わる。ユズハ達はどうすることも出来ず、少年の最後を見届けるしかなかった。


「ガキの癖して、調子に乗るからだ」

「ユズハ、大丈夫か!?」

「なんとか。それより自滅してくれて助かったな」


 その理由は、今のユズハ達にこの少年を倒す程の力が無かったからだ――



 現場では教官達による状況見聞が行われ、カルティとヴィネが状況説明に立ち会っている。その間に、被害を受けた生徒は意識を取り戻す。

 念のためユズハと共に医務室へ行き、簡単な検査と応急措置を受け、医療施設に移る手筈になっていた――



 検査と応急措置を終えて、医療施設へ運ばれるまでの空き時間、カルティとヴィネが医務室へ訪れる。


「ユズハ、左腕はどうだ?」

「綺麗に折られたよ」

「まぁ、粉々に砕かれるより、マシじゃねーか。なぁ、カルティ」

「軽いなお前は。でも助かったよ、ユズハの合図で」


 ユズハが送った合図は、“少年の目線を見ろ”だった。少年の目線は、驚くほど素直であり、行動の全てが表れていた。

 故に、どれだけスピードがあろうと、狙いがわかれば予測しやすい。少年の攻撃がユズハ達を捉えられなかったのは、その為だ。


「結局、あの少年は何者だったんだ?」

「溶けた液体の中から、シャダイに属する侯爵の家紋が出てきたそうだ。確か、リンネもシャダイ出身だったな?」

「あぁ、何か繋がりがあるかも知れない」

「まったく、きなくせー話だな」



 その後、少年はシャダイで行方不明になっていた、侯爵の子息だと判明する。


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